ハッカー殲滅作戦(二百八十)
NJS本社位の大きなビルになると、随所に『秘密の部屋』があるらしい。流石『財閥の一角』となる大企業は違う。
それは『役員フロア』であったり、『薄荷乃部屋』だったりするのであるが、高田部長がやって来たのは、それとは違う種類の『秘密の部屋』だ。
薄暗く『オフィス』とは全く無縁の雰囲気。むしろ『留置場』に近い。いや、『地下牢』と言った方がしっくり来る。
「椅子一つ、借りて行くよぉん」「はい。どうぞっ」
敬礼をしたのは、吉野財閥自衛隊から派遣された『守衛』である。
さっと敬礼をして、自ら探そうとする高田部長を押し留める。直ぐに詰所へ飛び込んだ。
すると詰所の奥から、一脚の『パイプ椅子』を取り出した。それを高田部長に手渡して再び敬礼だ。
高田部長も笑顔でパイプ椅子を受け取ると、『おりゃー』と今日はやらずに、右手を挙げて行ってしまった。
守衛は苦笑いで仕事に戻る。
いつも思うのだが、あの人はどこかオカシイ。
コツコツと暗い廊下に足音が響く。それが止まったと思ったら、今度は『ガシャン』とパイプ椅子を組み立てる音が響いた。
どうやら高田部長は、誰かの『面会』に来たらしい。
「いよう。武ちゃん。元気にしてたぁ?」
ベッドに寝っ転がり、壁を向いて寝ている男が振り返った。その顔はやつれて、は、いない。丸々と太ったままだ。
「何だぁ。高田課長じゃないですかぁ」
折角面会に来てやったのに、不貞腐れている。
相手が『新人当時の呼び名』で呼んだ。だからこっちも『当時の役職』で呼んでやった。後悔はしていない。
そんな『長年の上長』が来たにも関わらず、ベッドから起き上がりもしない。むしろ、また壁を向いてしまった。
地下牢に監禁されていたのは、ハッカー名・元『アルバトロス』こと、宮園武夫である。
薄荷乃部屋のダブルロック中にある『排人溝』で床が抜けて落とされた。
そして長いチューブの中を滑り落ち、辿り着いたのがこの部屋だ。
「少し痩せたかぁ? まぁ、一週間じゃ、あんま痩せないかぁ」
嫌味ったらしく言って、足を組んで笑っている。しかし返事はない。まぁ、予想通りだ。構うものか。
今度は足を組むのを止め、足を大きく広げると前のめりになった。両肘を両膝の上に置いて、ニヤニヤしながら話し掛ける。
「お前、今度『硫黄島行き』が決まったからぁ」
「何ですかそれぇ。そんな所、行きませんよぉ」
しかし高田部長は『ざまぁ』の顔でニヤニヤしたままだ。その上『ヒヒヒ』と笑って右手で指さした。
「何ぃ? 拒否できると思ってるのぉ? こぉの『裏切り者』がっ」
すると今度も、宮園からの返事がない。
黙ったまま、反抗するように高田部長を睨み付けたのだが、睨めっこなら高田部長も負けてはいない。
ぐっと顎を引き、少し目を細めている。
薄暗い廊下から『最後の抵抗を試みるであろう獲物』が、何をしようとしているのか。
それを、これっぽっちの油断もなく、じっと伺う目だ。
それはまるで、『鷲』そのものだ。名は体を表す。
「お前の部屋、放火されて丸焦げだ。何も残ってないぞ」「えっ!」
宮園がたじろぐ。どうやら『心当たり』があるようだ。
「口座も凍結してるし、証拠も押さえたからなっ」
高田部長が『証拠』もなく、出鱈目を言うことはない。それは宮園だって良く知っている。
だからだろうか。起き上がるとベッドの淵に座り、高田部長に手を合わせたではないか。
「脅されてたんです。『本意』じゃないんです」
目を瞑り、手をスリスリさせながら必死に謝り始めたではないか。
「信じて下さいっ! 本当なんですっ!」
遂に立ち上がって歩き出す。前に歩き出して鉄格子を掴んだ。
「あぁ。俺は信じるよ。いつまでも。じゃぁな。武ちゃん」
高田課長は部下想いの『優しい笑顔』になると立ち上がった。足を使ってパイプ椅子を畳み、手を振って歩き出す。
後ろから宮園の絶叫を耳にしても、その手を振り続けるだけだ。




