ハッカー殲滅作戦(二百七十九)
玄関の呼び鈴が鳴った。お茶を飲んでいた幸子は時計を見る。
今日の『この』時間、『誰』が来たかは大体見当が付く。
幸子はいつものことながら、気の毒やら可笑しいやらで、鼻で笑わざるを得ない。
「はーい」
玄関まで聞こえているかは知らないが、そう返事して立ち上がる。
ドスンドスンと歩き始め、途中の鏡で全身チェック。
「どちら様ですか?」
玄関のすりガラスを見ただけで、もうお隣の『京子』だと判る。吹き出さないように必死だ。
『隣の本部です』
「あら京子さん。いらっしゃい」
やはり京子だ。玄関に降りると、引き戸の鍵を外す。扉が『ガチャガチャ』鳴り始めたので、もう直ぐ開くのは判るだろう。
すると『引き戸』なのに、扉が開くと思ったのだろうか。京子が一歩下がったのが判る。やはり面白い人だ。
ガラガラッと玄関を開けると、着物姿の京子が頭を下げる。
『どうも、この度は、ご迷惑をおかけしましてぇ』
「いえいえ。毎年『賑やか』で。羨ましい限りですぅ」
頭を上げた京子の顔を見れば、昨日の『結婚記念日(今月・日曜日の大安)』が、とても『楽しい一日』であったことは判る。
いやいや『結婚式』は大安でも、その後の『記念日』は『日付』ではないのだろうか。まぁ、良しとしよう。
とにかく顔は艶やかで、凛とした着物姿だ。それでいて髪は、今年も見事な『アフロヘアー』でバッチリと決まっている。
きっと午前中に予約していた美容院へ行き、着付けと一緒にセットして来たのだろう。
「今年も、随分とまぁ派手に『揺れ』ましたものねぇ」
「本当に毎年毎年、ご迷惑をお掛け致しましてぇ」「いえいえぇ」
「今年はリビングに近かったから、響きませんでした?」
「そうですかぁ? もう慣れちゃったから?」
幸子は笑いながら首を捻る。京子は恐縮しきりだ。困った顔でお辞儀するのみである。
すると幸子が、京子の髪を指さした。
「また『アフロ』になっちゃったんですかぁ?」
いつもは黒髪ストレートなのに、結婚記念日が終わると暫くチリチリの『アフロヘアー』になるのだ。
「えぇ。今年は『ニトロ』の量を間違えたって言ってましてぇ」
ふさふさと見事な『球』となった髪を、笑顔で下から支えるように揺らす。
それは『クラッカー』にしては、相当な爆発だった? ようだ。
本当は、毛先がちょっとチリチリになっただけなのだが。
それが美容院で『直して下さい』と注文すると、何故か『アフロヘアー』になってしまうだけなのである。
「大変ねぇ。でも『お祝い』なんだから、仕方ないわよねぇ」
「主人には『ご近所迷惑だっ』て、いつも言ってるんですけどぉ」
「まぁまぁ。結婚記念日を祝ってくれる、旦那さんなんだからぁ」
幸子は笑いながら右手を縦に振る。京子は済まなそうに腰を何度も折って頭を下げ続けている。
やっと止まったと思ったら、今度は詫びだ。
「次から『クラッカー』の量は、減らすように良く言っときます」
「あぁ? でも『くす玉』が大きくなるのではぁ?」
軽い冗談のつもりで言ったのだが、京子の顔が急に曇る。
「今年の『くす玉』は、間に合わなかったみたいで」「あらぁ」
まるで幸子が『くす玉』をリクエストしていた様な言い方ではないか。いやいや、別に『期待』なんてしてはいない。
「しかし髪がそんなになるまで燃えたのに、良く無事でしたわねぇ」
幸子が首を傾げ、不思議そうに言うと、今度も京子の顔が曇る。
「瞬間的に『シェルター』に格納されましてねぇ」「えぇっ?」
そう言って地面を指さした。幸子は目を丸くして驚く。
地下にでも隠れるのだろうか。それで間に合うの? いやぁ、意味が全然判らない。
「では、失礼します」「あら、上がってお茶でも?」
帰ろうとする京子を呼び止めて、幸子は我が家を指さした。
しかし京子は、右手をブンブン横に振って遠慮している。それを見た幸子は可笑しくなって、京子の手元を指さした。
「何か『お茶菓子』、持って来て下さったのでは? どうです?」
「あっ、いけないっ! 忘れてたわっ!」
京子はさっきまで両手で持っていた『菓子折り』を左手に見つけ、慌てて両手で持ち直した。幸子は笑いを堪えるのに必死だ。




