ハッカー殲滅作戦(二百七十六)
そこへ、数人の兵士が現れた。さっき前線へ展開した班が、爆音を聞いて戻って来たのだろう。石井少佐は一人を呼び止める。
「怪我人だっ! 運んでやってくれっ」
必死の訴えに足を止めた。一別して迷っているのは、『違う部隊の上官からの頼み』だからだろう。指揮系統が違うのだ。
他の仲間はちらりと見ただけで、本部の方へ行ってしまった。
「私は医者だっ! 次は本部を観にいかなきゃいかんっ!」
抱きかかえられている井学大尉が頷いた。
すると、兵士の顔が急に変わる。この士官を預かれば『家の大将』を、いや大佐だが、診て貰えるに違いない。
『大佐っ! しっかりして下さいっ! 大佐っ! 細川大佐っ』
まだ燻ぶっている『所長室跡』の方から、大声が聞こえて来て兵士はそっちを見た。しかし、直ぐに石井少佐の方に振り返った。
「お預かりします。大佐をお願いします」
「判った。大尉を頼んだぞっ。死なすんじゃないぞっ」
そっと井学大尉の体を、兵士に委ねる。
「はいっ」「少佐ぁ、これぐらいじゃぁ、死にませんよぉ」
最後に見えた井学大尉の顔は、いつもの様に屈託のない笑顔だったが、兵士に肩を預けるとガクンと力が抜けて崩れ落ちる。
「大尉っ」
思わず放した手で、再び体を支えるしかない。
驚いた兵士も抱き抱え、無事そうな左脇に頭を突っ込むと、そのまま担ぎ上げた。そして一目散に走り出す。
「しっかりしろっ。直ぐ病院に連れて行ってやるからなっ」
石井少佐も走り出し、井学大尉の体をポンポンと叩く。
すると走っているから揺れたのか、それとも遠ざかる意識の中での強がりなのか、怪我をした右腕が少し動いた。
「頼んだぞっ」
所長室へ飛び込む前にもう一度声を掛けたが、怪我人を運ぶ兵士からも井学大尉からも返事はない。
しかし石井少佐は、もう『一人の医師』に切り替わっていた。
さっきまでとは違う、『別の緊迫感』がそこにあったからだ。
入り口付近が血だまりになり、『歩哨の形跡』だけが残っている。それを、申し訳ないが『手だけ合わせて』滑らないように避けた。
そして奥へと向かう。残念ながら、生きている者を救う方が先だ。
人が集まっている所に、怪我人がいるのだろう。そこは、さっきまで細川大佐が陣取っていた場所だ。
「うぅぅ」
少し入り口から離れていたので、即死は免れたようだ。
しかし、何とも凄惨な現場である。どうやら爆発物に『鋭利な何か』が仕込まれていたようだ。
何だろうと思って、机に突き刺さっているそれを指で触ってみた。
「プラスチック? いや、カーボン? ペンギン?」
黒く細長い『それ』は、全体がカッターナイフの様になっていて、細長い平行四辺形。両端が尖っている。
新兵器だろうか。それは判らない。しかも、石井少佐が最初に見つけたものだけに、何故か『ペンギンの下半身』らしき絵が。
指ではじくと、それが柔らかく『ビィィン』と鳴った。
部屋を見渡すと、同じようなものがあちこちに突き刺さっている。
少し『形の違う物』もあるが、いずれも全て『黒』で統一されていた。何だかまるで、元々『一つの薄い箱』だったようにも見える。
しかし、石井少佐の分析もそこまでだった。
何が起きたのか、その全てを知る必要はない。『凶器の特性』を見極めただけだからだ。詳しくは、後で幾らでも調査すれば良い。
大きさから『どれ位奥まで刺さっているのか』を知るためだ。
「私は医者だっ!」
直ぐに人混みの後ろから割り込む。すると人垣が、パッと割れた。
その先にいたのは、さっきまで『ざまぁ』の目で追い出した一同である。それが今度は、『早く助けてくれ』の目をして石井少佐を迎え入れる。
「待てっ! それは抜いちゃ駄目だっ! 死んでしまうぞっ!」
脇腹に刺さった『それ』に手を掛けて、今にも抜こうとしている手を石井少佐が押さえつけた。
凄く痛そうにしているが、それは知ったこっちゃない。
「大丈夫だ。このままココを強く押さえて病院へ運べ」「はいっ」
「大佐っ! 気を確かにっ!」「私より、他の者を先にっ。くっ」
「もう先に行っています。大佐が最後です」「そうかっ」
片目を開けて見えたのが石井少佐だと判ると、安心したようだ。
それでホッとしたのか、細川大佐の唸り声が止む。直ぐに三人掛かりで担がれて、運ばれて行った。




