ハッカー殲滅作戦(二百七十五)
「少佐、大丈夫ですかっ!」
井学大尉の声に気が付いて、石井少佐は正気に返る。後ろから急に押し倒されて顎を打ち、一瞬気を失っていたようだ。
「少佐っ! 少佐っ!」
そっと顎を撫でたが出血はなく、見えないが真っ赤になっているだけだろう。
「少佐っ! 気が付きましたかっ! 大丈夫ですかっ!」
井学大尉の大声が、何故か遠くからに聞こえる。どうやら耳鳴りがする。かなり大きな爆発音だった。石井少佐は首を振る。
唾を飲み込んで空気を耳に送ると、突然声が大きくなった。
「お怪我はありませんかっ? 手は動きますかっ?」
そうだ。手だ。医者は手が動かないと困る。グーパーグーパー。
「良かった! 立てますか?」
「あぁ。大丈夫だ」
「あっ、声も出ますねっ!」
「そうだな。何ともない。大丈夫だ。頼む」
石井少佐は上半身を右手を使って起こし、左手を先に立ち上がった井学大尉の方に伸ばす。
すると井学大尉は、利き腕ではない左手を伸ばした。
「大尉、怪我をしたのかっ!」
我に返って良く見れば、大尉の帽子は吹き飛んでいて、髪もボサボサだ。おまけに頭から血が出ている。
そして右手はだらりと垂れ下がり、上腕辺りからの出血あり。
そこを無事だった左手で押さえていたのだろう。伸ばした左手に血が付いているではないか。
「自分は、これ位大丈夫であります」
いつもの笑顔であるが、血まみれの笑顔だ。石井少佐は左の肩を掴んで井学大尉の体を回そうとする。
「それは私が決める。後ろを診せろっ」
「ちょっと熱かったですけど、大丈夫です」
苦笑いで足を踏ん張って、診せまいと堪えている。注射を嫌がる子供の様だが、そんな『我儘』を許すものか。
「良いから診せろっ!」
グッと力を入れて肩を引き寄せると、やはり体はボロボロだったのだろう。むしろフラフラしながら体が回り出す。
石井少佐は思わず、井学大尉を抱きしめた。すると、べったりと血が付いたではないか。
「少佐の服が、汚れてしまいます」
「構うものかっ。貴様の代わりはおらんのだぞっ!」
苦笑いで尚、申し訳なさそうな顔だ。井学大尉の焼け焦げた軍服を脱がしに掛かる。細かい破片が突き刺さっていて、下手に抜くと出血しそうだ。これは直ぐに病院へ送らないと。
「少佐はご無事な様で何よりです。私よりあっちを」
まだ動く方の左手から、脱がしに掛かっていたからだろう。辛そうに右手を『爆心地』の方に向けた。沢山の呻き声が聞こえる。
石井少佐は『医者』として迷う。確かに井学大尉は『人』として命の心配はないだろう。しかし『パイロット』としては判らない。




