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東京(一)

 ハーフボックスを降りると、そこは新宿駅だった。


「それで『切符』っていうのを買うんでしょ?」

 楽しそうに楓が言う。先に降りた琴美が振り返って頷く。

「そうそう。小っちゃい紙だから、失くしちゃダメだよ」

 右手を振りながら念を押す。しかし楓は笑ったままだ。

「へー。そうなんだ。絶対失くしそう!」

 うーん。怪しい。琴美はもう一度念を押す。


「失くしたら、もう一回払うんだよ?」

 真顔で言われて、楓も真顔になる。

「えー、本当に?」

「本当だよー」

 そう言っても、やっぱり信じていない雰囲気あり。


「へぇ。気を付ける。どうやって買うの?」

「あっちの切符売り場だね」

 琴美が切符売り場を見つけて、人混みを避けながら歩く。しかし楓は人混みに驚いて、なかなか進めない。


「待ってー」

 そんな楓の小さな声が聞こえて、琴美は立ち止まる。

 振り返って、楓を待つ。

 ハーフボックスに慣れてしまうと、ドア・ツー・ドアばかりなので、人混みを歩くことがないのだろう。


「大丈夫?」

「うん。今日は、お祭りなの?」

 真顔で楓に聞かれた。

 琴美は思う。いや、それ、東京生まれの東京育ちが、新宿駅で言うセリフじゃないから。


「違うよ。普通の日だよ」

 ちょっと言ってみたかった。満足して笑う。

「そうなんだぁ」

 そう言って、楓も笑う。憐みの表情で言葉が続く。


「庶民は、大変なんだねぇ」

 琴美は苦笑いで楓を見た。優越感も吹き飛び、ちょっと『カチン』と来たので、切符を二人分買ってあげるのは、止めだ!


「南千住まで、大人一枚」

「二百二十円です」

 お金を払って切符を買う。そして後ろにいた楓に順番を譲る。


「今の人と、同じのお願いします」

「二百二十円です」

「これ、使えますか?」

 楓が出したのは、一万円札だ。駅員が直ぐに聞き直す。


「細かいの、ありませんか?」

「細かいの?」

 楓は首を傾げて聞き直すと、琴美の方を見る。駅員から声が。


「小銭です」

「小銭?」

 楓は駅員の方を向き、また首を傾げる。

 そして、また琴美の方を見た。苦笑いだ。


「百円玉、銀色の奴です」

 駅員の説明を聞いて何だか判ったのか、楓が笑顔になる。


「さっき、銀行に行って来たばかりなので、無いです!」

「判りました。少々お待ちください」

 窓口の奥で、駅員がどんな顔をしているのか、良く見えない。

 しかし、困っていることだろう。


 楓は窓口で、色んな『現金』を受け取り、嬉しそうに財布に入れている。後ろで待つお客さんが、『まだか?』と覗き込んでいる。


「お客さん! 切符!」

 そう言われて、楓が振り返る。慌てて窓口に戻ると、周りにペコペコ頭を下げて列を離れた。

 キョロキョロして、どこに行ってしまったかと琴美を探す。


「切符買うの、面白かった!」

「そう、良かったねぇ」

 小さな切符を振りながら、楓がやって来る。二人はそのまま改札口に向かって歩き出す。

 楓は切符を失くしてはいけないと思い、財布にしまおうとする。


「あ、まだしまっちゃダメだよー」

「そうなの?」

 切符を振りながら琴美が楓に言うが、楓はとぼけた顔だ。

「あそこの改札で、見せてからね。真似してね」

「はーい」

 琴美の後からピッタリとついて来る。琴美がキップを駅員に渡すと、駅員が入鋏して琴美に返す。

 それを見て楓も、駅員に切符を渡した。


「お願いします」

 会釈して切符を渡して来た楓を見て、キョトンとした駅員は、軽く会釈をして『パチン』と入鋏し、楓に返す。

「ありがとうございます」

 駅員がお礼を言いながら会釈する。楓もニッコリ笑って、切符を受け取った。


「どうもありがとう」

 駅員に声をかけて改札を出る。そして、琴美を探してキョロキョロし、手を振りながら小走りに来た。


「電車って、楽しいねぇ」

「よかったねぇ」

 苦笑いして出迎える。

 楓の後ろから溜まっていた乗客が、ドッと溢れ出していた。


 二人は今度こそ財布に切符をしまい、山手線のホームに降りる。

「上野って、どうやって行くの?」

 頭上に路線図があるのだが、路線図という存在を楓は知らないのか、観る様子もない。


「田端で乗り換えて、南千住まで行って、そこでまた乗り換えて、終点の寛永寺まで行って、地上に出た所が上野だよ」

 琴美が、路線図も見ずに説明した。楓は眉をひそめる。


「へぇー、何か大変そう」

「そうなんだよねぇ」

 琴美は思う。何で山手線に終点があるの。丸じゃないの!


 明治になっても徳川家が政治の中心であったため、地名は東京になったものの、江戸城はそのまま残ったし、首都は京都のままだし、国会も京都に出来た。


 だから、東海道線の終点は新橋のままだったし、東北線の終点は田端だし。東京駅? ないない。八重洲地下街はお堀のままだ。

 徳川家の菩提寺である寛永寺は、伽藍はもちろん、付近の宿坊まで含めて世界遺産になっているから、そこに上野駅なんてない。


 常磐線の南千住から地下を掘って、寛永寺まで旅客を通し、貨物はその先の秋葉原まで。


 中央線は飯田町まで。あぁ、江戸城も世界遺産。見学に行くなら、ここが最寄り駅かな。


 まったく。電車って不便。ハーフボックスなら、座っているだけで着くのにさっ!


 琴美も、ちょっと東京に、毒されているのかも知れない。

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