ハッカー殲滅作戦(二百七十一)
東京の地形を思い出し、菅野課長は全てを理解した。
そうか。この機体は『海から来た』のだ。そうに違いない。
「おい、地図あるか? 東京の」
菅野課長の問い掛けに、直ぐに応じる者がいない。
それは仕方ない。みんな埼玉県民なのだ。
考えれば直ぐに判ることだ。そんな『最高機密』を、入手できる訳がないではないか。埼玉県を何だと思っているのだ。
全員の目がそう語っている。
「ありますけど? 東京の地図なんて、何に使うんですか?」
違った。単に『必要としていない』だけだった。
何を隠そう埼玉県は、東京都の隣である。それも、千葉県の様に大河という『国境』で分断されていない、陸続きである。
だから東京に近い所には、鉄道の代わりに『ハーフボックス乗り場』が沢山整備されていて、東京二十三区と同様の移動が可能だ。
何だったら既に『東京』と名乗っても問題ない。
「良いから見せてくれっ! 早くっ」「はいっ」
直ぐに『昔々壁に貼ってありました』大きな地図が出て来た。それを机上に広げると、再び菅野課長は睨み付ける。
そして、指で山手線を辿りながら品川へ。そこで一旦停止して『考えている』と思ったら、指その先と進む。
そこにあったのは『海』である。母なる海である。東京湾である。
「なるほど。読めたぞっ」「何がですか?」
菅野課長の呟きに、丸井が問う。丸井には全く判らない。
今は結構『緊迫した状態』であると思っていた。
それなのに、菅野課長が急に品川から、品川海岸への『休日の予定』を検討している様に見えたからだ。
しかし菅野課長は、自信ありげに話し始める。
「潜水艦に搭載された『Tuー160』が、だな」「えっ?」
「品川沖で射出されて山手線の上を通り、新宿駅に到達」「……」
「そっから急上昇して今に至る。という訳だ」「……」
「どうだ。そうとしか説明できないだろう?」
目を丸くしている丸井に聞き返すが、苦笑いのままだ。
「いや、山手線の上を飛んだら、もっと大騒ぎになりますよ」
「でも、レーダーに引っ掛からない様に、低空飛行しないと」
「それはそうですけど、無理ですよ。山手線、止まりますよ?」
確かにそれは一理ある。そう思った以上は、沈黙するしかない。
しかし、もう一度地図を見てピンと来る。
「アンダーグラウンドを通って来たのでは?」「えぇー」
「ほら、汐留川の河口から入って外堀通りを北上して」「……」
「四ツ谷から地上に出て、ビュンと上昇だよ」「……」
「これならどうだ? 誰にも見つからなかったのも説明が付く」
目を丸くしている丸井に聞き返すが、さっきより呆れている。
「課長、お言葉ですがぁ、Tuー160は高さ十三メートル、
幅に至っては五十メートル以上あるんですよ?
そんなんで時速八百キロでは飛べませんよぉ」
「飛べないかね。アンダーグラウンドは、高さ三十一メートル、幅は百メートルは有るんだろう?」
「だとしてもですっ。それに、『潜水艦』には載らないですっ」
丸井は冷静に海を『トントン』しながら話していた。
菅野課長が混乱するのも判る。
そりゃぁ東京上空に、核攻撃も可能な戦略爆撃機が突然現れて、『自機が安全な高度』へと、一直線に移動中なのだ。
この後水平飛行になったらウェポンベイの扉が『パカン』と開き、抱え込んでいた『核爆弾』を投下してもおかしくはない。
「じゃぁ、分割したら載るんじゃないか?」
「どうやって組み立てるんですか?」
「んー。アンダーグラウンドで?」
「その組み立ては、結構時間が掛りそうですよ?」
丸井も否定しながら、それでも心配は心配である。
何しろ自分が一番最初に驚いて、大きな声を出してしまったのだから。責任を感じてもいる。
「んー。じゃぁ、合体して変形したとか?」
菅野課長は壊れてしまったのだろうか。両手で『ガチャン』『ガチャン』『ガチャン』と段々大きく合体している。
それが最後には、見事な『Tuー160』に変身し、大空に飛び立って行ったのだ。
「そんなの、『Tuー160』じゃないですよ」
「じゃぁ、この『Tuー160』は、『嘘』だと言うのかっ!」
菅野課長が声を荒げてレーダー画面を『ビシッ』と指さす。
その瞬間、二人の表情がパッと変わった。
どうやら二人の脳裏には、『本当の答え』がひらめいた様だ。




