ハッカー殲滅作戦(二百六十八)
あの時、どうして助かったのかは記憶にない。
しかしその後も、『あの時に死んでいた方が楽だった』と言わしめる程に辛かった。それを乗り越えての『今』なのだ。
人生慎重に。それが『今のモットー』である。
だから突然入って来た無線についても、本部長は慎重になっていた。直ぐには出ない。
『こちら東京コントロール、新宿上空の軍用ヘリ、応答せよ』
勝手に話し掛けて来る奴がいる。
東京では『知らない奴』から話し掛けられても、『直ぐに返事をしちゃダメ』って、田舎のおばあちゃんに教わった。
『田舎もんだ』って舐められから。うん。おじいちゃんも言ってた。
『こちら東京コントロールッ! そこは飛行禁止区域ダッ!』
「何か煩いなぁ。お前、知っている奴かぁ?」
スピーカーを指さして、本部長が振り向いた。聞かれた高田部長だって、知る訳がない。
「ほっとけば良いんじゃないですか?」「そうするか」
『部隊の所属と氏名と階級を言えっ!』
「煩いなぁ」「ミントちゃーん何とかしてぇ。操縦に集中できない」
『承知しました。トランスポンダーをOFFにします』
すると確かにスピーカーからの音声が消えて、静かになった。
二人は安心して頷く。流石ミントちゃんである。
「所で、『トランスポンダー』って何だぁ」
苦笑いで再び振り向く。すると高田部長が噴き出しながら、笑い始めたではないか。
「あははっ。大丈夫ですかぁ? 私が知る訳ないじゃないですかぁ」
「やっぱりそうかっ」「あれですよ。『無線』のことですよ」
なるほどと納得して本部長が前を向いた。
すると聞いていられなかったのか、ミントちゃんから解説が始まった。声も少し呆れている様に聞こえる。
『機体から発信する『標識』です』「へぇぇ。何に使うのぉ?」
『レーダーに機体番号・位置・高度が表示されます』「ほぉぉ」
その説明で二人は『あぁあれかぁ』と、感心して頷いている。
きっと頭の中で『クルクル回るレーダーディスプレイ』と、そこに映る英字を思い浮かべているのだろう。そう。それです。
『現在当機は、先んじて『墜落』したことになっています』
思い浮かべていたレーダーから、パツンと自機が消えた。
説明を聞いた本部長が、『ブッ』と吹き出してから、再び振り向く。何故か今度は満面の笑みである。
すると高田部長も、目を光らせているではないか。
きっと、碌でもないことでも思い付いたのだろう。
「高度五百メートルで飛ぶ『戦闘機』にもなれる?」
ほらやっぱり。そんなこと出来る筈がない。
『はい。なれます。機種は何にしますか?』
あら、意外にも出来るらしい。しかし良い子は真似しないこと。
「良いねぇ。じゃぁ『MIG21』をリクエストしちゃおうかなっ」
『承知しました。MIG21・高度500・速度130。発信』
流石、無免許のミントちゃんである。勝手にトランスポンダーの設定を変更して、発信し始めたではないか。
どうなっても知らないぞ。
「あっ、懐かしいですねぇ。良く爆破したなぁ」「だよなぁ」
目を細めて高田部長が頷いている。操縦桿から片手を離し、手榴弾を『シュッ』と投てきしてみせた。
操縦しているこいつだって、もちろん無免許である。
「ドッカーン」
両手で炎上するMIG21を表現し、思い出して笑っているこいつだって、もちろん無免許である。
「じゃぁ俺は、最新鋭の『Tuー160』にしちゃおうかなっ」
「おぉっ、『ブラックジャック』かぁ。良いねぇ」
それは素敵なリクエストに、目を輝かせた本部長が振り返ったではないか。
『高度は幾つに設定しますか?』「んんー。じゃぁ、六千で」
『承知しました。Tuー160・高度6000・速度130。発信』
再びトランスポンダーの設定を変えたようだ。
「あれの設計図、入手するの大変でしたよねぇ。中尉」
「あぁ。結・構・苦労した。大佐の奴、無茶ばっか言うからなぁ」




