ハッカー殲滅作戦(二百六十七)
新宿駅西口、淀橋地区の陸軍防疫給水部・第七研究所から、ヘリを鹵獲して脱出した二人である。
しかし着陸先に困って、そのまま東京上空をウロウロしていた。遊覧飛行だ。命懸けの。
上から眺める第七研究所は、淀橋浄水場を接収して建設されただけあって広大だ。
そして地上で見た通り、グルリと二重の堀に囲まれていた。
爆破した建物から少し離れた所に、変電設備が見える。やはり『高圧電線』もあるのだろう。
上空から電線の行先を眺めると、鉄条網に繋がっている。
あんな地獄から脱出出来て、ひと安心なのは確か。
しかし油断はできない。良く言うではないか。えーっと、『猿も木から落ちる』いや違う。『蓼食う虫も好き好き』これも違う。
まぁ、良いや。とにかく油断できない。
「おい、ちょっと『あそこ』に寄れっ」「どこですか?」
前席で東京の景色を楽しんでいた本部長が、地上を指さした。何だか手前の下を指さしているので、高田部長からは陰になっていて良く見えない。
直ぐに操縦桿を操って、ヘリの姿勢を傾けながら下に向ける。
すると機体が傾くに連れて、本部長の指先がコックピットの中で、上へ、上へと移動して行く。
それはドンドン位置が高くなっていき、遂に真正面となった。
「落ちるっ! 落ちるぞっ!」「大丈夫ですってぇっ」
もし地上から二人が乗ったOHー1をを眺めている者がいたとしたら、大きく書かれた『髑髏とデンジャー』の看板に向かって、真っ直ぐに突っ込んで行く姿が見てとれただろう。
いや、見ていないで背を向けて逃げ出すに違いない。一目散に。
本部長は、久しぶりにバルカン砲を撃ってみたかっただけなのに、また『軽い一言』で命懸けになってしまった。
「ちっきっしょぉぉぉっ」(ババババババッ)
それでもブチかましたバルカン砲である。振動がコックピットにも伝わって来て『撃ってる感』が凄い。
そんな刺激に震わされてか、人生何度目かの走馬灯が回り出す。咄嗟に思い出されるあんなことや、こんなこと。色々あった。
その殆どに、笑顔の『高田孝雄』が映り込んでいて、それはもう『充実した人生』だったと言えるだろう。
「ふざけんなああああっ!」
『チリチリチリ・パーン・パーン・ドゴーン』
本部長の『心からの叫び』と、ヘリの急旋回はほぼ同時だった。そして目に前にはショートしてスパークする火花と、爆発した勢いで立ち昇る煙。その隙間から、ちらりと見える炎まで。
それが直ぐに後方へと流れて行く。
「今度はちゃんと、上手く行ったじゃないですかぁ」
爆発する変電設備を眺める高田部長が、呑気な調子で言う。もう、こいつの操縦でヘリに乗るのは嫌だ。
「お前、『今度は』って、言っただろぉ。勘弁してくれよぉ」
「ホント心配症ですねぇ。ミントちゃんのサポート有ですからぁ」
多分ミントちゃんは、『ヘリの免許』は持っていない。
あぁ、『ドローン』なら沢山操縦して来たけどね。
「また『ガラス』が割れたら、どうすんだよぉ」
思い出しても嫌そうに、本部長が言う。すると高田部長が噴き出して、笑い始めたではないか。
「そうしたら、また『バック』で飛びましょうか?」
「馬鹿っ! ヤメロッ!」
試射を終えたトリガーから思わず右手を離し、勘弁してくれとばかりに縦に振る。もう、あんな思いはしたくない。
函館奪還作戦で生き残った二人は、敵の野営地に忍び込むと見事にヘリを奪取した。コックピットの『ガラス』が割れている奴が、修理待ちで転がっていたのだ。
そこから操縦席に侵入したので、そのまま飛んだらどうなるか見当は付いた筈だ。
確かに飛んでみたら寒かった。それに、目も開けていられない。
『寒いから、バックで飛べっ!』『流石っす。了解っすぅ』
そして高田少尉は、走行中の車よろしく『速度をゼロ』にしてから後進を始めたのだ。ヘリの操縦は初見殺しである。
『あれ? ローター止まりましたねぇ』『当たり前だぁあぁあぁ』




