ハッカー殲滅作戦(二百六十五)
最終確認だろうか。ディスプレイを一筆書きで『脱出ルート』を選定している。そして大きく頷いた。
「良し。行くぞっ」「はーい」
スティックPCを引っこ抜くと、電源をOFFにする。
えっ『ちゃんとシャットダウンしろ』だって? 知るかっ。
と、心の中で思ってもいないだろう。どうせ誰も使っていなさそうな古いパソコンだったし。
本部長はドアをそっと開けて、慎重に廊下へ出る。誰もいない。今がチャンスだ。一気に走り始めた。
頭の中に記憶した『危険箇所』を避けながら走り続ける。それでいて足音は静か。
耳を澄ませば小さく『タッタッタッ』と聞こえる程度だ。
そして先が見えないブラインドの角に来ると、曲がる手前で立ち止まり、後ろから高田部長に押されて飛び出す。
前を歩く『誰か知らない者』は、とりあえず後ろから後頭部に飛び蹴りして一撃で倒す。そして何事もなかったかのように走り去る。
後ろから『グエッ』という声がしたので振り返る。
高田部長が背中を踏んだことだと判ると、『やっぱりね』と思って前を向く。逃走は順調だ。ヘリまであと少し。
建物を繋ぐ渡り廊下を走り抜け、倉庫みたいな建物の屋上に出ると、確かにそこには『OHー1』が駐機されているではないか。
「やったなっ」「これで帰れますね」
二人は笑顔になって、周りを警戒しながら屋上を小走りに行く。
「あぁ。俺はな」「えっ、何でですか? 私も帰りますよ?」
不思議な顔をしているのは高田部長だ。すると本部長が口を尖らせて言う。
「お前、NJSの本社に寄ったら、どっかに捨てて来いよ」
そう言われて高田部長にも理由が判った。
自分だけNJS本社まで逃げた後は、無視を決め込むつもりだ。
「ズルいじゃないですかぁ。一緒に捨てに行きましょうよぉ」
「嫌だよ。こんなの何処に捨てるんだよ」
「東京湾とか? あれ? これほぼ乗り捨てっすね。楽で良いや』
でも『借りパク』はするらしい。キャノピーを開けて、早々に中へ乗り込んだ。
「東京湾の何処に捨てるんだよ」
「んんー。じゃぁ、どっかのマンション。燃料満タンだ。ラッキー」
「馬鹿止めとけよ。着陸失敗したら、大変だぞぉ?」
「あぁ、燃料満タンですもんねぇ」
後席の高田部長は、物騒な会話を続けながらヘリの離陸準備をしている。
そして遂にエンジンが始動して、ローターが回り始めた。
前席の本部長は、パネル類の確認だ。それに、あちこちの蓋を開けたり閉めたりして『何か』を探している。
「おい、あったぞ。メンテ用のジャックだな」
「ありましたか。じゃぁ、これお願いします。離陸しますよ」
離陸準備を暫時中断して、スティックPCを本部長に差し出した。
すると受け取るだけ受け取って、先ずはヘルメットを装着した。
「テイクオフッ」
OHー1は、爆音と共に大空へと飛び上がった。果たして今回は『何分』飛んでいられるのか。それは誰にも判らない。
「まだですか? あれ、何かJPS受信しませんねぇ。故障か?」
「大丈夫かぁ? ちょっと待て。今挿すから」
スティックPCを、メンテナンス用のUSBポートに挿そうとしているのだが、なんせ素人の操縦である。揺れること揺れること。
「相変わらず下手だなぁ。真っすぐ飛ばせよ」
「慣れるの先か、落ちるのが先かっ。賭けます?」
ニヤッと笑っているのが、声の調子で判る。
「ふざけんなよ。ちゃんと飛ばせっ」
「真面目にやってますってぇ」
飛行計器はJPS以外は問題ない。しかしどう見てもここは『東京』細かい座標は『気にすんな』である。
しかし、無線が入らないと困るのであるが。
「あっ、JPS直った。無線も入りそう」「良し、挿したぞっ」
「あれっ、ちょっと? ちょっとちょっとぉ?」「何だこりゃ」
何が原因かは『明らかに不明』である。
操縦に必要な計器の類全てが、一斉に消灯したではないか。




