顔パス(十三)
「お父さんは、勤続二十年で課長って言ってた。前にね」
そこで一旦、琴美は頭を掻く。
美里が息を大きく吸って、何かを言おうとしていたのだが、楓が手でその口を塞ぐ。
「今、家ではパソコンとか、そういうのはやらないんだよね。
確か、小学校に上がる時に、今の家に引っ越ししたんだけど、
それまでは、凄く色んな機械があった気がする。
ディスプレイに、ずっと文字が流れている感じのヤツが」
目を瞑り腕を組む。十年以上前のことだ。思い出も断片的である。
「あぁ、その頃はね、全然、家に帰って来なくて。
黙って部屋に入ったら『ブーッ』ってサイレンが鳴って、
『ピコピコ』赤いランプが光って、ビビったなぁ。
それ以来、怖くて入ってないんだよぉ」
笑いながら両手を開いて『パトランプ』を再現する。
どうやら、二台設置されていたようだ。
「でも、引っ越してから書斎に行ってみたら、技術関係の本とか、電気とか、何だか知らない理論の本とか、そういうのが一杯でぇ」
難しい漢字と英語の題名が、ずらっと並んでいたのを思い出す。
美里が息苦しくなって、楓の手を叩く。そっと放したが、美里は黙っている。
三人共『やっぱりだー』『筋金入りだー』と思って、頷いている。
「車を買ってね。色々連れて行って貰ったなぁ。キャンプで花火とか、川遊びとか。あぁ、鍾乳洞探検なんてのも、したっけ」
琴美が笑顔で思い出を語っている。三人は、話がちょっと『ハッカー』からズレたので、質問を再開した。
「車って、何? 自分で運転するやつ?」
「車の免許も持ってるんだ!」
「珍しいねぇ」
それを聞いて、琴美は笑う。自分も高校在学中に、免許を取ろうと思っていたからだ。
「確かに、東京にいたら、車も、免許も要らないよねぇ」
そこは、全員が納得して頷く。
「でも、お父さん『車は自分で運転したい』って言って、良く判らないけど『コンピューターが使われていない車』に乗ってた」
そう言って、口をへの字にして、両手の平を上にする。
「そんなの、あるの?」
「じゃぁ『カーナビー』も付いてないの?」
「ジャパネットにも繋がらないの?」
不思議そうな顔をして、琴美を見ている。琴美が言う。
「ないない。とにかく『外部から絶対に影響を受けたくない』って言っててさぁ、訳判んない。そうだ、クーラーもなくてさぁ、夏はあっついの。それだけじゃなくて、『エンジンを冷やすためだ』って言って、暖房入れるんだヨ!」
「夏なのに?」
「そうだよぉ。やってられないヨー」
色々思い出して、琴美は物凄く渋い顔になる。
しかし、直ぐに「ハッ」と思い直す。それは『楽しい夏休み』の思い出だったからだ。
開け放たれた窓から、ふざけて虫取り網を出した瞬間、急ブレーキを掛けられて『ゴッツンコ』したと思ったら、振り返った父から、もっと痛い『ゲンコツ』を食らったのも思い出す。
今なら判る。凄く危険なことをしたと言うことが。
「テヘッ!」
自分にゲンコツをして、その時を再現する。
絵理、美里、楓には、『ゲンコツ』の意味が、判らない。
ただ一つ、判ったことがある。
琴美も将来『ハッカー』になるんじゃないかと。それも、この世界を変える程の『凄いハッカー』に。
「たーだーいーまー」
久美の声がして、一斉に振り返る。
「おかえりー」
「早かったのね」
「いい男いた?」
「二次会は?」
鍋と琴美をつつき終わった四人が声をかける。
「全然! やっぱいい男は、みんな戦場だわー」
そう言って、久美が渋い顔をする。
「でしょー?」
「でも、四人で二次会行くのかと思ってたー」
「あー、そう思ってたんだけどさー」
やっぱり渋い顔をして、右手を縦に振っている。
「Jアラートが出ちゃってさー」
「あー、そりゃダメだぁ」
「残念だったねぇ」
「合コンの日は止めて欲しいよね」
絵理、美里、楓が、久美を慰めている。
「最悪だった―」
「カラオケ行きたかった―」
「ちょっと、財布忘れた人が、それ言う?」
小百合、多恵、渚沙も帰って来て、文系が揃う。そして理系が再び慰めの言葉をかける。
しかし琴美は『Jアラート』の意味が判らなくて、苦笑いをしているだけだった。




