ハッカー殲滅作戦(二百五十六)
突然、本部長がヒラリと体を躱す。すると、物凄い勢いで走っていた本部長の足が、ピタッと止まった。
目の前は『怪しい空間』が広がっている。それを避けた形だ。
「何だ。ちゃんと止まれるじゃないかぁ」
「いきなり止まらないで下さいよぉ。危ないじゃないですかぁ」
それでも踵を上げ両手をグルングルン回して、何とか耐えている。ここで『チョン』と背中を押してやれば、下へ落ちるに違いない。
どうするか迷っている間に『ふぅ』と溜息を漏らし、落ち着いてしまった。実際にどうなるか、見て見たかったのに。
少々残念に思いながら、本部長は少し窪んだ足元を覗き込む。そこには三メートル四方の窪みがあるのだ。
空堀から三メートルは水平で、その先はスロープになっている。
何かの時に車でも通す為だろうか。幅と言い、丈夫そうな造りと言い、そんな感じが漂う。
それに堀の対岸と『二メートル程』と近くなっていて、しかも高さまで揃っているではないか。
まるで『飛ぶならココです』とか、『橋を掛けるならココです』とでも、案内してくれている様だ。
「これ、罠ですねぇ」「やっぱりそう思うか?」「えぇ」
半笑いで高田部長が指さした。そして腕を一直線に動かしている。良く見ると『細い隙間』が見えるではないか。
どうやら本部長が感じた『違和感』と、『罠師』の意見が一致したようだ。
「こっちからジャンプして来たら、『ドボーン』でしょうね」
左手の二指で『走る人』を表現し、ジャンプさせた。そして笑顔のままクルクルと回して、逆さまに落として見せる。
本部長はゆっくりと、観察しながら歩いている。
スロープを下って『細い隙間』の向こうを片足でそっと踏む。もちろん、重心はスロープ側の足に乗せたままだ。
「結構硬いな。罠じゃないんじゃないか?」
怪訝な顔をすると、足元から高田部長の方に視線を送る。ここが『秘密の出入口』だとしたら、もしかして敷地の外に出られるかもしれないのだ。
しかし高田部長の表情に変化はない。ニヤニヤ笑うイヤらしい笑顔だ。まるで『俺には判る』とでも言いたげな、いかにもムカつく感じのそれである。
足元のちょっと大きめの石を拾い上げると、ポンポンと手の平で弾く。嫌な予感がして、本部長が後ろに下がる。
そして大きく振りかぶると、思いっきり水平部分に叩き込んだ。
『カァァァン』
特に変化はない。やはり『見当違い』だったのだろうか。
いや、そうではない。二人の表情に変化はないが、黙って本部長が前に出る。そして、軸足の左足をスロープ側に置いたまま、右足で思いっきり『地面』を蹴り込んだ。
地面だと思っていた『蓋』が下がり、パックリと暗闇が現れた。




