ハッカー殲滅作戦(二百五十五)
芝生を走る二人を『声援する声』はない。あるのは『救いを求める声』だけだ。しかし二人は振り返らない。気配すらもだ。
まるで『付いて来られても邪魔』と思われているのだろう。
あっという間に芝生を走り切った二人は、植え込みの中に飛び込んで見えなくなった。すると、全ての声が呻き声へと変わる。
植え込みの中に飛び込んだ二人だが、そこで再び途方に暮れる。
「これ、グルっと一周あるんですかねぇ?」「だろうなぁ」
二人の目の前に現れたのは深い空堀だ。外側からの侵入を防止するためだろう。内側の方が一メートル高くなっている。
右を見ても、左を見ても、それがずっと先まで続いているのが見えた。飛んだ先の着地地点はコンクリートで、『受け身』を取るようなスペースはない。
堀の先は目隠し用なのだろう、背の高い樹木が緑の壁を作り、この『地獄』を覆い隠している。
二人は空堀の淵、コンクリートの上を歩き、出口を探していた。
外からも中からも、こちらの様子は見えない。耳を澄ますと『車が走る音』が聞こえる。
本部長は『珍しい』と思って先を急ぐ。すると、少々薄くなった木々の先に『娑婆の道路』が見えたではないか。
「駄目だ。この先も行けないな」「どんな感じですか?」
高田部長が本部長の背中を押して自分も見ようとしている。
「だから、押すなって。ほら」「ありゃ。今度は『水堀』ですか」
一歩譲ってピッと指さす。その方向を見て、思わず両手を腰にあてた。やはり闇雲に飛ぶものじゃない。
「鉄条網もあるぞ」「ビリビリって、来たりして?」
悪い冗談だ。笑顔の高田部長の顔を見ても、本部長は笑えない。しかし、ふと思い出した顔になる。
ポケットからジッポーを取り出して見せ、大きく振りかぶった。
「ちょっと、投げないで下さいよ?」
「『電気が来ているかも』って言うから、確認してやるんだよっ」
今度は慌てているのを、本部長の方が笑い返す。
「やっぱり来てないですって。大丈夫ですって」
「判んねぇぞぉ? じゃぁお前、確認してくるかぁ?」
「良いですけどぉ。行ってダメだったら引き上げてくれますぅ?」
互いに目を見て、真剣に確認し合っている。こういう時こそ『信頼』が大切だ。しかし、本部長からの返事が遅い。
「もちろん、『引き揚げてやる』よぉ」
本部長は右手の親指で『来た道』を示す。すると今度は高田部長が鼻をピクつかせて、黙ってしまった。
「じゃぁ、行って来るんでライター返して下さいっ!」「だめぇぇ」
ヒュッと手を伸ばしたのだが、そうは行くまいと引っ込められて空を切る。二人は幅ニ十センチの淵の上を、勢い良く走り始めた。




