ハッカー殲滅作戦(二百四十六)
「デェタァがぁ、全部、飛んだだとぉおぉぉ?」
いつもの落ち着いた様子ではなく、語尾がもの凄く上がっている。
大尉はそんな声を初めて耳にした。そしてお怒りである。
多分次に答えた者は、誰であっても『サーベルでめった刺し』になってしまうだろう。だから三人は、直立不動のまま動けない。
汗を流しながら、横目で少佐の方を見るだけだ。
少佐は顔を真っ赤にして、サーベルに手を掛けた右手が、ブルブルと震えているではないか。
小さくカチカチと鳴る音が、やけに大きく聞こえる。
所長室の机上に広げた配置図の前で、誰も口を開かない。
最後に示された正副『サーバー室』に記された『×印』を、恨めしそうに眺めているだけだ。
研究者にとって『命』とも言える『研究成果』が、こうもあっさりと吹き飛ぶとは、誰が想像していただろうか。
『カチン』
少佐の左腰からそんな音がして、少佐の顔に生気が戻った。
一番ホッとしていたのは大尉だ。もし、サーベルを振りかざしたら、止めに入ろうと思っていたからだ。
「その後は、どうなった? 今はどうなっている?」
まるで『何事もなかった』かの様に、続きを話せと促す。
男は直立不動のまま固まっていた。声に出して返事もすることも出来ず、ただ頷いて説明を再開する。
「その後、通信回線が途絶。無線も通じなくなりました」
「衛星電話もか?」
少佐は不思議そうに天井を指さしたが、男は頷くばかりだ。
「はい。その通りです。何やら電波妨害? でしょうか」
不思議そうに、首を傾げながら話すが、自信はなさそうだ。
「少佐、ヘリのJPSも基地周辺では機能しませんでした」
口を挟んだのは大尉だ。少佐は男から大尉の方を向く。
「そうだったのかぁ?」
大尉の操縦に、変な所、危険と感じる所はなかった。
「はい。JPSの計器が『信号断』を表示していました」
専門家が真顔でそう言っているのだ。信用するしかあるまいて。
少佐は頷いて、再び机上に目を落とす。
「孤立しているのか。で、最後に、第一研究棟、火葬場?」
少佐自ら配置図を指さした。大尉が手を伸ばし、そこに『×印』を記入する。そして少佐の目を見て『ココもですよね』と指さす。
「ココは、何があったのだね?」
トントンと少佐が配置図を指さした。男と所長が首を伸ばしてそこを見る。そして、気まずそうに話す。
「文献の『保管庫』です」
少佐も大尉も、それを聞いて合点がいく。確かに『文献』が飛び散った程度では、『防弾ヘリ』に影響はないだろう。
「我々はその『保管庫』の大爆発を避けてだなぁ」
笑顔になった少佐が手を伸ばす。
すると、手を『飛行機の形』にして配置図の上を飛ばし始めた。
一同『実際はヘリだ』と判っているが、そこは誰も突っ込まない。
保管庫の所でクイッと左に方向転換し、まるで横倒しになったかのような急旋回だ。
大尉は顎を引き、直立不動の姿勢のまま、『少佐が示すヘリ』を眺めていた。
横目に見えた角度に『そんなには』と思いながら微笑む。
その後もゆらゆらと左右に振りながら『ヘリ』は飛び続ける。
と思ったら、今度はパッと建物に着陸してみせた。
「それは見事な操縦でなぁ、ココに降り立ったのだよぉ」
東京の『ご機嫌フライト』を、思い出して頂いていたのだろうか。
少佐が大尉の方を見つめたので、大尉は『恐縮です』とばかりに軽く礼をした。
配置図に顔を向けた少佐は、笑顔のままだ。
着陸した所から『普通の右手』に戻す。そして、少佐自らが保管庫に『×印』を書こうとしているのだろう。
ついさっき、大尉が置いたボールペンに手を伸ばす。
少佐がボールペンを手にした瞬間、それがポキッと折れた。




