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顔パス(十一)

 うどんの煮え具合の確認に、琴美も参戦する。

 鍋には四本の『鍋用お玉』が入り乱れ、時に押され、時に突っつかれしながら、誰かさんが複雑に絡ませてしまったうどんを、四つのブロックに再編していく。


 楓が『鍋用お玉』でうどんをすくおうとするが、首を傾げている。しかし、それしかないので、仕方なく、そっと、ゆっくりと引き上げる。ちゅるん!


「あちっ」「ごめんごめん」

 美里が叫び楓は笑う。美里は一時休戦し、右手の甲を擦っている。「箸で良いんじゃん?」

 そんな様子を、苦笑いしながら見ていた絵理が、一同に提案した。

「うん。良いよね。大丈夫?」

 琴美が頷いて美里を見た。美里は早速箸に持ち替える。

「そうしよっ」

 一番初めにうどんにあり着くのは、どうやら美里のようだ。


「早く言ってよぉ」

 楓も賛成したようだ。しかし、提案が遅いことに文句を言って、『鍋用お玉』を振っている。

 琴美は、そこから飛び跳ねる雫を、冷静かつ華麗に避けゆく。

 手慣れたものだ。


 少し雫が付いた箸に、構わず持ち替える。そして、自分の方に寄せて置いたうどんに箸を伸ばす。

 やや遅れて絵理。そして最後に楓。

 今度は四膳の箸が、煮えたぎる鍋に突っ込まれる。


「楓、火、止めて」「はーい」

 琴美のお願いに、左手で卓上電磁調理器のスイッチを切る。今の楓に、『一時休戦』の文字はない。

 煮え立つ水泡が消えて、うどんが見易くなった。


「サンキュッ」「美味しそう」「良い感じだね」

 各々が深皿にうどんを引っ張ってゆく。そして、締めに入った。

「うまいっ」「やっぱり、締めはうどんだねぇ」

「んだねぇ」「今度、ラーメンもやってみようねぇ」

 各々が笑顔でうどんを啜る。みるみる内に、鍋のうどんが減ってゆく。

 豆腐六丁と、肉少々と、ネギ何本かと、何故か餅、こんにゃく、蒲鉾、キャベツの千切り、えのき、後は、どんこ。


 それらの具材は既になく、旨味が染み出た汁を吸ったうどんが、そこにあるだけだ。


「琴美んちも、誰か戦争に行ってるの?」

 絵理に話を振られて、琴美は口の中のうどんを飲み込んだ。

「いや、家は弟だから、まだかな」


 戦争と言っているが、現在『一時休戦』しており、ここ百年は『弾』は飛び交ってはいない。

 しかし、人知れず、海の底辺りでは『魚雷』なるものが泳ぎ回っているらしく、下総航空基地からも『対潜哨戒機』が頻繁に飛んでいる。一部は訓練飛行であるが。


「そうなんだ。早く戦争終わると良いよね」「だよねぇ」

「おとふさんはぁ?」

 うどんを啜りながらの楓に聞かれて、琴美もうどんを啜りながら答える。


「ハッハー。んごっ。うどん美味っ」

「何て言ったのよ。判んないから」

 絵理が琴美に注意してする。そして、うどんを啜る。

 琴美は苦笑いしながら、鍋に箸を伸ばしながら言い直す。


「ハッカーよ」

 笑顔で残り少ないうどんを掻き回して集める。

「うぞっ! ぐほっ」

「まぢ? ゲホッ」

「ぅうっ。(ドンドンドン)こ、今度、紹介して!」

 口にうどんを放り込んだままの口から、立て続けに変な声がして、琴美は驚いて顔を上げる。


 きらきらとした瞳の絵理、美里、楓。そんな表情を見て、さらに驚く。しかし一番驚いたのは、最後に発せられた、絵理の言葉だ。


「え? お母さん、まだ元気だけど?」

 琴美が真顔でそう言ったのを聞いて、美里が顔を真っ赤にしながらも、うどんを慌てて飲み込んで答える。


「就職先だから! 違うから!」

「だ、だよねぇ」

 琴美は苦笑いする。

 絵理と楓は、うどんが喉に詰まったらしく、胸をドンドン叩きながらも、下品に笑っていた。

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