ハッカー殲滅作戦(二百四十二)
普段はもっと人が歩いている事務棟に来ても、人の気配がない。
だからだろう。少佐と大尉の足跡がコツコツと響いている。
廊下から覗き見ても部屋には誰もおらず、書類だけが乱雑に散らばっている。
所々に鉄製の『バケツ』やら『ゴミ箱』があって、そこから漂うのは『何か』が焼けた臭いだ。多分、機密文書だろう。
こんなに火災が広がっているのも納得だ。何しろ『消す人』が皆無なのだ。それにだ、『守衛所』まで人がいない。
「これが、例の『ファルコン』の仕業なのですか?」
大尉が少佐に聞いても返事がない。少佐もそれを考えていた。しかし、それを安易に認める訳にも行かない。
どう考えても、これを『一人』で行うのは不可能だ。
次に思い浮かべた単語を、少佐は思わず口にする。
「黒豹部隊なのか?」
「何ですか? それ」
警戒して銃を手にしていた大尉が振り返る。すると少佐は次の部屋を覗き込んでいたのだが、大尉の方に振り返った。
「凄腕の『暗殺集団』らしい。美人揃いのな」
口元が少しだけ緩んでいる気もするが、そんな緩みさえも許してくれなさそうだ。
「色仕掛けも、して来るでありますか?」
「あぁ。来るぞっ。大尉なんか、一発で仕留められそうだ」
手の形を拳銃にして、後ろから『ズドン』と一発撃つ。
大尉はちょっとだけ『逢ってみたい』なんて思っていたのだが、実は『もう逢っていたり』するのが人生だ。
「弾を食らうのは嫌ですよぉ。勘弁して下さい」
大尉が本当に嫌そうにしているのが、少佐は困った顔をして首を傾げるだけだ。『だと思って、守ってあげた』じゃないかと。
スタスタ歩き始めた少佐の後を、大尉は追い掛ける。
「怖いなぁ。どこの組織ですか?」
「陸軍だ」「えっ?」
大尉が聞き返すのも無理はない。何故なら我々も陸軍で、ここも陸軍の研究所には違いないからだ。
「陸軍東部第三十三部隊のだ。聞いたことないか?」
少佐に聞かれて大尉は首を捻る。大尉は飛行機に夢中で、陸軍のことには余り興味がなかったのだ。
「ほら、『中野学校』ってのも、聞いたことないか?」
「それは『中野にある学校』のことですか?」
大尉は『中野の方』を指さして聞いているが、少佐は口を曲げた。
肩を竦めたと思ったら、そのまま歩き始める。多分『駄目だこりゃ』と思ったのだろう。
しかしそんな少佐を見て、慌て始めたのは大尉の方だ。
道中何があっても『少佐は守る』と心に決めて、走り始めた。




