ハッカー殲滅作戦(二百三十九)
秘書室はかつてない緊張感に包まれていた。
石井少佐が自室から出て来て、他称『ボケ茄子依井』こと『依井大佐』を探して、電話を掛けまくっているのだ。
しかし大佐は、中々つかまらない。足取りが不明なのだ。
「午前中はいらしたらしいのですが」
「今いないとダメなんだっ! いぃまぁっ」
「はいっ!」
無名の秘書一が震えあがって、大佐が行きそうな所を電話の相手に再び聞いている。
しかし大佐の予定なんて、簡単には教えてくれないのだろう。
ペコペコ頭を下げて、『火急の用事』とか『とにかく急用』と伝えているのに、どうやら相手はにべもない様子だ。
きっと電話の相手が『下級の用事』とか『とにかく休養』とか、そう言う意味に捉えてしまったのだろう。
日本語って難しいなぁと思う、今日この頃である。
「富士演習場に向かわれたそうです」
「直ぐに現地に連絡を入れろっ!」
今度は無名の秘書二が石井少佐に報告すると、腕組みを解いてピッと腕を振り、即座に指示を出す。
「あの、まだ向こうには到着していないだろう、とのことです」
「じゃぁ『携帯』じゃなくて、衛星電話? 無線は?」
まさか『電車』で向かっている訳でもあるまい。『ヘリ』か『専用車』か、だったら無線が通じる筈だ。
「それがですね、ずっと『話中』らしくて、出て頂けない、そうで」
語尾が擦れている。そりゃぁ石井少佐の顔が、腰のサーベルを弄りながら、段々真っ赤になって行くのが判るからだ。
「同行者は誰なんだっ! そいつに掛けろっ!」
確かに大佐が公務中に、一人でウロウロするなんて考えられない。
カバン持ちの一人ぐらい同行している筈である。それに車だって、自分で運転する訳ではないだろう。
「運転中らしく、電話に出て頂けません」
「まったくっ!」
机を『ドンッ』と叩く大きな音が秘書室に響いて、その場に居合わせた全員が反動でジャンプした。ということにしておく。
しかし直ぐに仕事に戻った。次に少佐と目を合わせたら、手にしているサーベルで刺されるかもしれない。
そこに再び『ドンッ』と音がして、今度は扉が開く。
「少佐、ヘリの準備が出来ました。いつでも飛べます」
秘書室に飛び込んで来たのは、さっき『ヘリの準備をする様に』と指示されて、すっ飛んで行った井学大尉だ。
「判った。直ぐ行こう」「はいっ」
だろうと思って、秘書室のドアは開けっ放しだ。二人は直ぐに秘書室を出て行った。
その途端、秘書室に詰めている無名の秘書達一同は、全員電話の受話器を置いて安堵の表情に変わった。




