ハッカー殲滅作戦(二百三十六)
事故現場、一応そう言うことにして、悲惨な現場を後にする。
三好は一旦踏んだアクセルを戻し、再び急ブレーキを踏んだ。今度は後席も静かだ。
琴美の頭を押さえる力がなくなったので、琴美も顔を上げた。
前方からやって来たのは、今度は『大きな光』だ。
すると田中が運転席に身を乗り出すと、ホーンを鳴らす。
『プップップゥー』『……』『プップップゥー』
三回目だけ長く鳴らして、そのまま待つ。すると山彦の様に同じ合図が返って来た。
「何だろう」「もう、回収しに来たとか?」「いやいや」
田中の疑問に、三好が親指で後ろを指さした。しかし、それは速すぎる。田中はまだ報告もしていない。
冗談だと判っているのだろう。三好も笑っている。しかし、正面から来たのが、今度は『軍用トラック』であると判ったのだろう。
そんなのこの辺では『仲間』に決まっている。理由は判らないが。
「お疲れぇ。無事ピックアップできたみたいだね」
「はい。直ぐ判りましたよ」
こちらが道路を逆走している形であるが、ここに道路交通法は適用されない。助手席同士が話せるように、車の位置を停めて話す。
トラックの男はうんうん頷いて、琴美を見つけるとニッコリ笑って手を振った。
「田村さん、どうしたんですか?」「んん? あぁ、そうそう」
琴美に見惚れていた田村が、思い出したように田中の方に目線を戻す。直ぐに真顔に戻った。
「何か『本隊の方がヤバイ』って言うんで、迎えに行くんだ」
「そうなんですか! どうしたんですか?」
田中が三好と顔を見合わせる。こちらはまだ『マシ』なようだ。だとしたら、四ツ谷で別れて正解だった。
「新宿で『すんごい花火』が上がったって言っててさぁ」
それを聞いて、今度は田中を除く『車中の四人』が、苦笑いで顔を見合わせる。
「市ヶ谷が大騒ぎになっていてさぁ、アンダーグラウンドにも『網を張る』らしいのよぉ」
なるほど。三好は了解した。陸軍もさぞや驚いたことだろう。良く見たら田村も、しっかりと銃を持っているではないか。
トラックの荷台を見て、果たして全員乗れるかは不明だが、そんなときに『乗車定員』なんて、言ってはいられないだろう。
「俺の銃もあります?」「おぅ。あるぞぉ。弾もなぁ」
田中が自分を指さして、『加勢』に志願した。直後に振り向いて三好を見る。三好ももちろん頷いた。反対なんて、する筈もない。
「自分も行きますよっ!」「判った。乗れっ!」
直ぐにトラック助手席のドアが開く。田中もドアを開けて飛び降りる。しかし、直ぐに顔をジープに突っ込んで来た。
「本当に短かったですね。フォークさん、ナイフさん!」
「いえいえ。お世話になりました」「お気を付けて」「ではっ」
ニッコリ笑った田中が、シュっと消える。そして直ぐに『バタン』とドアが閉まる音がした。
田村の姿は見えない。きっと運転席側の方に座る位置を詰めたのだろう。そこへ追加で田中が乗り込むと、直ぐにドアを閉めた。
そして、にこやかな顔でジープに手を振ると、直ぐに真顔に戻って前方を指さす。
琴美はそれを笑顔で送り出したのだが、それは初めて『戦場へ向かう兵士』の姿でもあった。
余りにも咄嗟、余りにも急であり、そして付き合いも短かったが、無事を祈っていることにハッとして、初めてその事実に気が付く。
ジープもトラックも、既に走り始めていた。
琴美は後ろを振り返って、闇に光るテールランプを眺めていた。
さっき、とてもゆっくり通り過ぎた『事故現場』を、ブレーキを踏むことなく一気に走り抜けて行くのが判る。
とても、急いでいるのだろう。
命令とは言え『自分を助けてくれた人』が、再び戦場へと向かう姿を見ても心が痛むのだ。
これが『家族』や『愛する人』だったら。
自分は一体、どうなってしまうのだろう。
トラックが消えた暗闇をぼんやりと見つめながら、そんな考えを巡らせていたのだが、突然怖くなって思考を停止する。
直ぐに前を向いたのだが、それを『前向きな姿勢』とは言うまい。




