ハッカー殲滅作戦(二百三十二)
琴美は父からライトの光を浴びせられて、思わず噴き出した。
悪戯好きの父らしく、変顔をしてふざけているではないか。緊迫感も何もない。
「梅干しあげたじゃなーい」「お父さん、梅干し苦手だしぃ」
食い物の恨みは『末代まで祟る』と言うが、親子の場合はどうなのだろうか。少なくとも二人は『覚えているだけ』で、『恨んでいる』訳ではなさそうだ。
「でも、たくあんも二枚、あげたじゃなーい」
「シュウマイ二個と交換じゃ、割に合わないよぉ」
前後を守る三村と三好も、親子の会話を邪魔しないように、クスクスと笑っている。
目はアンダーグラウンドに向けて、光らせながら。
「シュウマイのグリンピースは返したじゃなーい」「えーっ」
父の方を指した指を振りながら琴美が抗議すると、父は不満を漏らしつつ、大人しくなった。呪いの呪文でも唱え始めるのか。
いや、どうやら『フェアトレード』が成立したようだ。
「でもぉ、あっ」「キャッ」「止まってっ!」「大丈夫?」「うん」
呪いの呪文は中断し、琴美は突然『壁』にぶつかって停止した。
それは前を歩く三村の背中だったのだが、鍛え上げられた肉体は、華奢な琴美にしてみれば『壁』であることには違いない。
「何か来ます」
三村の小声と同時に、琴美も前を覗き込んでいた。すると前方からライトが二つ、こちらに向かってやってくる。
「ライトを消して下さい」
三村が言うので、琴美と牧夫は慌ててライトを消した。後ろの三好は事前に『シナリオ』を聞いていたのだろう。
慌てることなく周囲を警戒し、それからヘッドライトを消した。
ところが『消せ』と言った三村のヘッドライトだけが点灯したままだ。辺りをぼんやりと照らしている。
琴美は前を向いたまま後ろに手を伸ばすと、父がその手を握る。
すると三村は手でヘッドライトを覆い、辺りを暗くした。
牧夫は、繋いだ琴美の手まで見えなくなり『良いタイミングだった』と、少し安堵する。
直後だった。三村が手でヘッドライトを覆ったり出したりして、点滅を始めたのだ。
どうやら向こうに『味方か』どうかの『合図』を送っている様だ。
するとそれに呼応して、向こうのライトがチカチカと点滅する。
「迎えに来てくれたみたいですねっ! ここで待ちましょう」
三村が振り返った。暗闇から浮かび上がった琴美の表情は、恐怖に怯えた表情だったが、その声を聞いてパッと安堵の表情に変わる。
「じゃぁ、全員でライト点けて、合図しましょっかっ」
「はいっ」「判りましたっ」
言われて琴坂親子は元気良く返事はしたのだが、三好と三村が二人を挟むように近付いて来ていて、戸惑いの表情に変わった。




