ハッカー殲滅作戦(二百三十一)
ライトを頼りに、四人は歩き続ける。隊長たちの明かりは直ぐに見えなくなり、自分達の分だけでアンダーグラウンドを照らす。
「お化け屋敷みたいねぇ」
ボソッと呟いた琴美の意見にも、父は首を竦めるだけだ。『そうかも』なのか『そうでもないよ』なのか、どっちでも良いから返事が欲しいのに。
先頭を歩くのは三村、次が琴美、牧夫と来て、最後は三好。一列で歩いている。
安全のために歩道ではなく、車道の真ん中を歩いているが、もちろん、暴走車の一台も来る気配はない。
「桜並木も枯れちゃったの?」
外堀の向こうにある筈の『桜並木』がない。いや、良く見えない。
どうやら外堀は、アンダーグラウンドの『水路』になってしまったようだ。
琴美は果たして、この世界の四ツ谷土手に『桜並木』があったのかまでは判らない。
振り向いて話し掛けた父は、やはり首を竦めるだけだ。
東京に住んでいた頃に、ここで『お花見』をした記憶がある。
細長い通路に桜並木があって、『良い場所』を見つけるのは困難を極めた。結局確保できたのは、畳一畳程の場所。
そこで、家族が肩を寄せ合ってのお花見。少し冷たい春の風が吹いていて、暖かいのは良しとして、お弁当を広げるには苦労した。
琴美が落ち着いたのは、父の膝の上だ。それでも『肩を寄せ合った』ことには変わりない。実際、父の肩は凄く近かったし。
隙を突き、自分のお弁当だけでは飽き足らず、目の前にある父のお弁当からも、パクパクとおかずをつまみ食いしたのだ。
代わりに梅干しを、自分の弁当から差し上げた様な。
『母さんこのお弁当うずらの卵ないけど、梅干し二個入っているぅ』
『あらぁ。良かったじゃないぃ。オトクねぇ』
何だか可笑しくて、凄く楽しかった。良い思い出だ。
そんな場所だった筈なのに、それは遠い記憶の彼方なのか、それとも深い闇の中なのか。
はたまた、父の記憶には『最初から無い』ことなのだろうか。
琴美は後ろを歩く父も『ビビってる』のだと思って、話し掛けるのを止めた。それにしても、何だか凄く寂しい。
「ここも『お花見』に来たよなぁ」
ボソッと話す父の声が聞こえて、琴美は嬉しそうに顔を上げる。
「下は、こうなっていたんだぁ」
しかし父との記憶は、『膝の上』までは重なってはいない。父は暗闇に向けてライトを照らし続けているが、思い出の欠片も見えぬ。
ここは忘れられし大都会。東京アンダーグラウンドなのだ。
琴美は『やっぱり違ったのか』と思っていたのだが、後ろから急に頭を小突かれる。いつもの父だ。琴美は『何だ』と思い振り返る。
「お父さんの『うずらの卵』、勝手に食べた奴、はっけぇん!」




