ハッカー殲滅作戦(二百二十八)
「本当か?」「えぇ。本当に」
本部長は落ち着いた表情で確認を求めると、高田部長も落ち着いた表情で答えた。
それはまるで、システム本番稼働前の『不良はないよな?』の押し問答に見える。早く『稼働許可』をクレと。そんな感じで。
「ちゃんと二百億ナノ秒に、セットしたんだろうな?」
「はい。だから、あと百億ナノ秒です」
その落ち着いた会話も、納期までのカウントダウンに聞こえる。
二人は笑顔で目を合わせたまま、眉毛をピクピクさせている。
どうやら一億ナノ秒の間に、『本当か?』『本当です』のやり取りが二十五回繰り返されたようだ。
「はぁやぁくぅいぃえぇよぉぉぉっっ」
瞬時に真顔になった本部長が、高田部長を放置して走り出していた。すこし垂れた頬が揺れている。
その動きはまるで、スローモーションだ。
「いぃっったぁじゃぁなぁいぃでぇぇすぅかぁぁぁっ」
後ろから笑顔で追い掛けるのは、高田部長である。
それでも、忘れ物がないか確認するために振り返り、再び前を見て走り出す。頭の動きに追従して、髪がゆっくりと揺れる。
直ぐに、手に持っていたノートパソコンを『パッッタァァン』と閉める動きも、まるでスローモーションだ。
「ほぉんとぉにぃおぉしぃやぁがぁっってぇぇ。ばぁかぁかぁぁっ」
振り返ったその顔は『あいつ死んだな』と思ったのか、『パァァ』と笑顔になった。
今まで散々な目に合わせやがって。この腐れ縁もココまでだっ!
「せぇんぱぁいぃにぃ、いぃわぁれぇたぁくぅなぁいぃでぇすぅ!」
笑顔で追い掛けて来る。語尾の『すぅ』が、まるで『キス』でもするかのように、ゆっくりと迫って来るではないか。
本部長は更に加速する。足の親指で床を駆った。
すると後方で、扉から炎と配達ロボの残骸が廊下に飛び出す。
その直後に、他の配達ロボも爆発を起こしたのだろう。連続した爆発音が繋がり『ドドドドドド』という轟音が聞こえて来る。
本部長は逃げながら、高田部長の最後を拝んでやろうと、後ろを眺めていた。
今度は、廊下に噴き出した炎が壁に当たり、左右に分かれて突き進んで来る。付近は『赤一色』に包まれて行く。
『キィタァ・キィタァ・キィタァ・キィタァ・キィタァアァァッ』
爆破の勢いで壁が風船のように膨らみ、まるで本当に風船のように『メェリィメェリィ』の音を残し、炎の中に消えて行く。
そして迫る炎が天井、左の壁、床、右の壁へと渦巻いて、壁を突き破って来た炎と混ざり合い、炎の濁流となって迫り来る。
それは『キス顔』で走る高田部長の直ぐ後ろまで、スローモーションのように迫っていた。




