ハッカー殲滅作戦(二百二十三)
「ちっ」『パンッ』「おりゃっ!」『カチーン』
本部長のベレッタ『右子』の銃声と、舌打ちと、荒山の叫び声は、ほぼ同時だった。
銃声が広場に響いたが、硝煙は渦を巻いてあらぬ方向に渦巻く。そして右子は、金属音の後に『カラーン』と床に転がって行く。
荒山が狙ったのは、89式ではなくベレッタの方だった。
本部長は無情にも、飛んで行ってしまった右子を見向きもしない。名前まで付けて大事にしていたのに、冷たい男だ。
そんな本部長が優先させたこと。それは、89式も遠くへ追いやることだった。
その時、89式に中指の先端が触れていた。そこから左腰にあるベレッタに手を伸ばすか。いやしない。
今は温存し、迫りくる荒山の右足の防御に回す。
荒山が振り上げた右足は、本部長の右手に握られていたベレッタを、上に弾き飛ばしていた。
そのまま振り下ろして、踵落としを狙う。
その瞬間、荒山は『捕らえた』と思っていた。
銃を蹴り飛ばすことに成功したのだ。『不意を突けた』と確信していてもおかしくはない。
しかし本部長の『ちっ』は、『弾を一発無駄にする』ことに対しての舌打ちだったのだ。
ナイフを投げることも予想していたのだ。襲い掛かってくること位、予想の範囲内である。
だから、荒山のつま先がベレッタを捕らえる前に、既に右手から離していた。
靴のつま先から飛び出た刃物も、しっかりと目で捉えていたのだ。
ベレッタが吹き飛ぶ時に『金属音』がしたのはそのためだ。
荒山の踵落としを両手で受け、勢いを殺した本部長は、左足で89式を遠くに蹴り飛ばした。そして荒山の目を見る。
どうやら荒山も、89式に未練はないようだ。
荒山は素早く両手で踵落としをガードした本部長に驚いていたが、それは表情に出さなかった。
それよりも、その受けた両手がクッションの様に下へ降りて行くのを感じ、直ぐに停止にかかる。
跳ね飛ばして、倒すつもりなのが荒山には判ったからだ。
シュっと右足を元に戻して、今度はそのまま、つま先から横に繰り出した。
本部長の右側から攻撃したら、左腰にあるベレッタに、手を掛ける余裕を与えてしまう。それを警戒してのことだ。
それに防御に出た左腕を、つま先の刃物で負傷させれば、少なくとも左手で拳銃は使えない。それに、右手で左腰にあるホルスターから拳銃を引き抜くのは、苦労する筈だ。
本部長は、荒山のつま先が迫っているのに、両手を上にした防御姿勢から、そのまま両手を腰まで落としただけだった。
だから荒山も、今度こそ『捕らえた』と思っている。
しかし本部長が考えていたのは、荒山が『ある程度格闘技ができる』と認識して、ギアを一段上げることだった。
素早く腰を落とし、左足を真っ直ぐに蹴り出すと、荒山の右足にピッタリと合わせる。
踝を捕らえていた。荒山の右足を完全に、かつ安全に止めて見せたではないか。これには荒山も驚いた。
『ペンギンの足は、意外にも長い』
そう思ってニヤつこうにも、そんな暇はない。本部長の右拳が下の方から迫っている。荒山は右足を振るのに合わせ、左手を後方に振っていた。がら空きの左わき腹を狙われた格好だ。
本部長は、荒山が最近トレーニングをサボっていることを見切っていた。足を振るのに、腕の力を頼りにするなんて。
そう思っている。
第一、腰を入れれば『人』なんて、簡単に殺せるだろうが。
それでも荒山には『若さ』があった。そして、格闘技の『センス』もあった。それは咄嗟のことだ。
なんと、本部長に支えられた右足を支えにして、左足で飛んだのだ。
痛恨の一撃が左わき腹に当たったが、死ぬ程ではない。まだだ。




