顔パス(九)
「みんな、ボタン押せるの?」
琴美が、ちょっと聞いてみた。
「押せるよ?」
「うん。押せるー」
「同じくぅ」
誰も酒は飲んでいない。二十歳ではないからね。しかし、鍋をつつきながら笑顔で話している。
琴美にしてみれば、まるで『エレベータのボタンを押せるか?』と聞いてしまったかのようだ。
どんな顔をすれば良いのか判らず、琴美は「へぇー」とだけ呟く。
「琴美は押せないの?」
肉を手繰り寄せた楓が聞く。
「うん。ちょっと無理かもなぁ」
苦笑いで、千切りキャベツを集めている。
「へぇぇ、いがーい。琴美は真っ先に『ポチッ』ってやると思った」
「そうだよねぇ。いつも思いっきりが良いもんね」
「決断も早いしぃ」
三人が「うんうん」頷く。そして琴美を見る。
「だって、人が一杯、死んじゃうじゃん?」
苦笑いで顎を突き出し、疑問形で答えた。だいぶ集まった千切りキャベツを、深皿に取る。
「当たり前じゃーん。報復なんだからさぁ」
「そうだよ。潜水艦から発射するのなんて、報復なんだよ?」
「もうやられているんだから、躊躇することないじゃん」
また三人が「うんうん」頷く。そして、また琴美を見る。
「街も人も、みんななくなっちゃうじゃん。悲惨だよ?」
千切りキャベツを見つめながら、そう言って顔を上げると、三人は今にも吹き出しそうな顔をして、見つめ合っている。
そして、お互いに頷き合っていたと思ったら、優しい微笑みで琴美を見た。
「大丈夫だよ。人類は核兵器なんて、使わないから」
「今までだって、使ったことはないし、これからも使わないし」
「そうだよ。あっついのは皆知っているし、放射能はあるし」
まるで、核がどういうものか、琴美が知らない前提のようだ。
「いやいや、広島っ」
そう言って、言葉が詰まる。
高校三年の五月、修学旅行で広島を訪れ、そこで琴美は『原爆ドーム』と『広島平和記念資料館』を見学したはずだった。
しかし、梅雨休み中にテレビのニュースで流れたのは『広島の産業奨励館が美術館に改装され、建物が重要文化財に指定された』映像。口をパカーンと開けて、眺めていた。
「で、でもさぁ、潜水艦からミサイル撃ったらぁ、場所が特定されてぇ、絶対、沈められちゃうらしいよ?」
琴美は、そう言い直して苦笑いし、首を傾げて三人を見る。
すると三人の顔が、徐々に変化してゆく。
「まじで? 『絶対』なの?」
楓が肉を摘まんだまま、真顔で琴美に聞く。琴美は黙って頷いた。
「どうする? やばくない?」
絵理が持ち上げた餅が伸び、ゆっくりと深皿に落ちて行く。
「えー、死にたくないよぅ」
美里は箸も深皿も置き、両手を握って祈りを捧げる。
琴美は、何だかちょっと安心した。そして、もう一度渋い顔をして、首を傾げる。
「押せる?」
四人は顔を見合わせて笑い出す。
今度は誰も、答えを言わなかった。




