ハッカー殲滅作戦(二百二十二)
「今度おかしなことしてみろ。耳じゃ済まないからな」
右子の銃口から硝煙が揺らいでいる。荒山は静かに頷いた。
右耳の上部突端から血が流れているが、それを拭くことも許されそうにない。たらりと垂れて、肩に落ちているのが判る。
しかし、頭も指先も異常はない。
どうやらペンギンは、丁寧にも『威嚇』のために、貴重な弾丸を使用してくれたようだ。
それも荒山の作戦の内、と言えば聞こえは良いが、荒山の表情からはそれが読み取れない。
荒山は、首裏に仕込んだナイフに、手を伸ばすのを諦めた。
「頭の上で手を組め。ゆっくりだ」
ペンギンが歩き始める。荒山に銃口を向けたままだ。
「高田部長、こいつら退けろっ」「はいっ」
ノートパソコンを操作し始めると、荒山をぐるりと取り囲んでいた配達ロボが、一斉に後ろへと動き出す。
その間も荒山の両手は、ゆっくりと動き続けていた。その両手が後頭部で組もうとしたときに、再びペンギンが吠える。
「上って言っただろうがっ、手が短いのかぁ?」(パンッ)
天井に向かって一発威嚇射撃。直ぐに銃口が荒山の正面に戻る。
本部長は、今度は左耳を狙ったが、手が邪魔で狙えなかったようだ。なんて良い人なんでしょう。
荒山にその『真意』は伝わらなかったが、それでも威嚇するには十分だった。今度は素直に頭頂部で手を組む。
体のあちらこちらに仕込んだナイフは、もう使えないのだろうか。
しかし、まだチャンスはある。
荒山は、さっき足で蹴った89式を横目でチラリと見た。指示通り蹴ったものの、そこまで強く蹴っていなかった。
それに、移動し始めた配達ロボが引っ掻けて、飛び込めば手が届く距離に戻ってきている。
そんなことは、本部長も重々承知している。
こいつ。何て言ったっけ。まぁ良い。とりあえず荒山が最初に見せた姿は、飛翔する姿なのだ。油断できぬ。
きっと靴に何か仕込んでいて、それで飛んだに違いない。
配達ロボは広場の端に寄せられて、だれからも『盾』として利用不可能な場所へ並べられていた。
本部長の目は、荒山の目と足を注視して、往復している。そして、ギリ視界に入った89式を、左手で探す。
一方の荒山の目は、ペンギンの目と89式を注視して、往復している。本部長と荒山のにらみ合いが、あと数秒は続く筈だった。
「本部長、こぉんな感じで、並べとけば良いすかぁ?」
高田部長の声に反応して、本部長の視線があらぬ方へと向かう。流石に前を向いたまま、後ろは見えない。
しかしその一瞬を狙って、荒山がペンギン狩りに行く。




