ハッカー殲滅作戦(二百十三)
荒山は地下牢を走り抜け、反対側の階段を上った。
そこまでに、幾つもの死体が転がっていて、警戒するには情報過多である。階段を上り切る手前で、陰からそっと覗く。
誰もいない。いるのは死体だけだ。それにしても、ペンギンが単独で逃げたにしては、これまた情報過多だ。
壁にベットリと付いた血のり。まだ新しい。
壁に残る弾痕をから辿っても、ここで『複数対複数』の戦闘が行われたのは明らかだ。となると、応援が来ているのか?
いや、だとしても、何処から現れた? ペンギン護送車の後を付けて来た? いや、それは考えられない。
仮に後を付けて来ていたとして、守衛が『通っていない』と言っていたのだから。
銃撃戦をするような連中が来たら、入り口で判るだろう。あぁ、そう言えば、兵員輸送用のトラックなんて停まっていなかった。
ガラス片を踏んで鳴る音に怯えながら、館内をゆっくりと進む。すると荒山に、極度の緊張が走る。
ドアにスプレーで『×』印を付けた奴がいる。向こうの方まで。
「何の印だ?」
恐る恐る、ドアを少し開けて中を確認する。暗くて良く見えないが、普通の倉庫だ。89式の銃口を上に向け、体に引き付けた。
緊張しつつ、足をドアの隙間に挟んで一気に開ける。
「誰かいるのか?」
バッと89式を構えて声をかける。横から何か出てきたら、迷わず発砲してしまっただろう。しかし、やはり何もない。
ハッと気が付いて荒山は振り向く。89式のトリガーを、寸での所で引くのを止めた。そこにいたのが、ただの『配達ロボ』だったからだ。愛嬌のある姿で、事前説明のときにも見た覚えがある。
「ふう。脅かしやがって。この野郎っ」
クルンと回した89式の銃床で、コツンと配達ロボの頭を叩く。
『配達中です。ピンポーン。道を空けて下さい。ピンポーン』
こんな時に、何を配達しているのやら。呑気な音を鳴らしながら通り過ぎて行く。良く見ると、床に落ちているガラス片でミシミシと音を立てながら走行している。荒山は苦笑いした。
「そんな音を出しながら行ったら、敵にバレるだろうがっ」
荒山は物陰に隠れて、生暖かく見守っている。それを知ってか知らずか、そのまま呑気に遠ざかって行く。
荒山が反対方向を見て、そして再び配達ロボの方を見たとき、そいつは扉の方を向いていた。しかし、誰も出ては来ないだろう。
荒山はその扉の前に『×印』がないことに気が付く。次の瞬間だ。
『ドッガーン!』
突然、配達ロボが爆発して破片が飛び散る。荒山は驚いて、思わずその場でしりもちをついてしまった。
体を捻って、咄嗟に物陰に隠れる。
『何だ。くそっ。あぶねぇ』
荒山がそう思ったのと同時である。
『ボンッ! ドオォォォン』
今度は耳を劈く大爆発が。今度は必死になって、両腕で頭を守ることしかできなかった。
するとその直後に、破片込みの爆風が来る。何の破片だか判らないが、当たったら怪我は免れない勢いだ。
飛び散ったガラスは、荒山から遠ざかるように吹き飛んで行った。
いやいや。しかしそれは、本日二回目の爆発である。
やり過ごすのにも、慣れたものだ。
パランパランと小さな破片が転がって来て、爆発は収まったようだ。しかし今度は、当然のように火災が発生している。
たちまち廊下は、煙に包まれて行く。
荒山は直ぐに立ち上がり、その場から逃げ出した。
廊下を走りながら気にしているのは、『×』印だ。多分そこは『安全』なのだろう。バツだけど。
すると廊下の先、十メートル程か。配達ロボが現れたではないか。
「てめぇ、何、運んでやがんだっ! (パパパパッ)」
今度は躊躇せずに、89式で配達ロボを銃撃する。やはり民生品だ。あっという間に壊れて部品が飛び散った。そのときだ。
『ドッガーン!』
なんと民生品の癖に、その場で爆発したではないか。
荒山は心の中で『ざけんな』と叫び、その場にひれ伏した。




