顔パス(八)
「じゃぁ、そろそろイイ感じ? いただきまーす」
「いただきまーす。おいしそぅ」
「いただきまーす。肉、煮えたかな?」
「いただきまーす。ちょっと、豆腐から行きなさいよ」
四人は残り物をブチ込んだ力作の鍋を、笑顔でつつき始める。
とりあえず、最初は醤油味。
その内に、何の気分か次々と調味料が投入され、味変が実施されるであろうことは、メンツを見れば明らか。
「豆腐、一気に入れ過ぎじゃね?」
「そうねぇ。一旦出しとく?」
「あー、そっち寄せて置けば良いよ。肉、こっちで引き取るから」
「ずるいよ。肉一に対し、豆腐三だよ。はい。豆腐どぞー」
「えぇー。上の段の豆腐、まだ冷ややっこだよ。下からぁ」
自分用の『鍋用お玉』を駆使し、四人の鍋奉行が各々裁きを下す。たちまち深皿は、溢れんばかりの豆腐と、煮えた野菜と、ちょっぴりの肉で一杯になった。
「豆腐、美味しいじゃん」
「でしょー。何だかんだ言って、美味いよね。それ、多分私のだよ」
「私は、三つあるし、誰のが一番美味しいか、見極めるわ」
「判んの? あ、でも美味いわ。もう一つ貰う」
下の段からほじくり返された豆腐が、どんどん売れて行く。きっと三河屋の爺さんも、喜んでいることだろう。
「フーッ、文学部の皆さんは、フー。今頃何食べてるんだろうねぇ」
絵理が豆腐をフーフーしながら話す。美里が答える。
「きっと肉だよ。アチッ。どうせ、久美が幹事でしょ?」
楓が頷いて言う。
「久美は肉食だもんねぇ」
それを見た琴美は、楓も人のこと言えないと思う。
「男を寮に連れ込もうとして『強制送還』食らってたもんねぇ」
そう。久美は男と『ハーフボックス』を出たら、自宅だった。
「あれは笑ったわ。そんな設定仕込んだの、お父さんだよね」
美里も笑っている。久美の父親は、軍のお偉いさんらしい。
「あれは、良い勉強になったよねぇ」
楓も笑って頷いている。どうやら楓も、ヒヤッとしたようだ。
「先週、復帰したばかりなのにねぇ。懲りないなぁ」
絵理の言い方だと、久美は今日も『強制送還』らしい。
「肉食、恐るべし」
口をへの字にして、琴美が呟いた。
まぁ、琴美が『強制送還』になることは、きっとないだろう。何故なら、自宅に『ハーフボックス』では行かれないから。
「親が偉いと、色々大変らしいよ」
美里が久美を気遣って援護する。二人は同じ高校からの進学なのだ。だから、何となく理系と文系の橋渡し役を担っている。
「家も、結構煩いよー」
絵理が、少々うんざりした様に言うと、美里が聞く。
「お兄さんが海軍だっけ?」
「そうそう。何だっけ、埼玉? 奈良? 長野? に、乗っているんだってー。秘密だよ?」
絵理が首を傾げながら言う。琴美が苦笑いして言い直す。
「いやいや、武蔵、大和、信濃って言おうよ。ダメだよそれじゃぁ」
それを聞いた美里が、吹き出して笑う。
「何か、聞いてて『弱そうだなぁ』って、思っちゃったよ!」
「あはは。そうかもー」
絵理が納得して頷いた。苦笑いしている。
「家の兄貴は空軍。パイロットだってー」
美里の言葉に、琴美が驚く。
「凄いじゃん。カッコイイじゃーん」
そう言って、肉にありつく。美里は蒲鉾を飲み込む間に手を横に振り、ごくんと飲み込んでから答える。
「そんなことないって。輸送機らしいしー」
「モテるのは『戦闘機』だよねー」
楓の一般論に、美里も苦笑いして頷いている。
「何かね『宙返り』でギブアップしたんだってー」
兄の『武勇伝』は、そこまでだったようだ。
「でもさぁ『士官』なんでしょ? 凄いじゃん」
絵理の一言に、美里が頷く。
「頭は良いよねぇ。私なんかより―」
それを聞いて、四人全員が笑う。この中で一番成績が良いのが、美里だったから。
「絵理のお兄さんは、戦艦で何やってるの?」
美里が絵理に聞く。絵理は箸を舐めた後、考えている。
「何か、双眼鏡持って、指示出す人?」
「いや、判らんわ」
「うん。全然」
「何の指示よ」
三人が突っ込みを入れる。言われた絵理も、困るだけだ。
「私も知らないよー。アチッ」
そう言って、ネギを深皿に落とす。
「でも、何か『士官』っぽいじゃん? 偉い人なんじゃね?」
琴美が箸を持ったまま人差し指で指す。
「だと思うよー。『江田島送り』になってたし」
「やっぱりー」
「凄いじゃんー」
「頭良いんだぁ」
三人が頷きながら絵理の方を見る。
しかし絵理は、箸を持ったまま右手を振り、呆れた顔で言う。
「だめだめ。根性なしのヘタレよ。訓練で核ミサイルの発射ボタンが押せなくてぇ、潜水艦から戦艦に回されたのよぉ」
そう言うと目尻を下げ、口をへの字に曲げる。
「あぁー、それはヘタレだわぁ」
「何だぁ『ポチッ』と押さないとぉ」
美里と楓が、絵理を指さして笑っている。
琴美は苦笑いして、固まっていた。
表情筋がピクつくのを、ぐっと押さえ込みながら。




