ハッカー殲滅作戦(二百九)
「じゃぁ、始めるか」
低い声で本部長が静かに唸る。そして時計を見た。
しかし、自分の腕時計はない。だから、隣にいるデルタ部隊・隊長の時計を覗き込む。
「その時計、合ってんのかぁ? 四月一日ぃ」
「質問するときだけ本名にするの、止めて下さいよぉ」
さっき合わせた時計だ。不満そうに言って、グッと時計を本部長の方に突き出した。
まるで『俺のが基準だ』と、言わんばかりだが実際そうである。
今頃、担当カ所に散った全員が、秒針を眺めていることだろう。
「脱出作戦開始。五秒前」
非常警報ボタンに手を掛けた兵士が、そこから心の中でカウントダウンを開始する。
『ゼロヨン、ゼロサン、ゼロフタ、ゼロイチ、ゼロゼロ(カチッ)』
「脱出作戦開始。非常警報ON」「警報音なし」
赤色灯やスピーカーへの給電は、既にカット済である。
「元栓全開放。定刻通り」
めい一杯開いた元栓から、大量のガスが勢い良く流れて行く。たちまち本管の管圧が高まって行く。
それが一定量を超過しないように、監視している。
あまり管圧が高くなると、枝管が破裂するのを防ぐため、手前の遮断器が閉鎖状態となって、ガスが止まってしまう。
本部長はミントちゃんに指示して、この研究所での平均的なガス使用量を調べさせていた。
結果は直ぐに帰って来た。すると、意外な程大量のガスを使用していることが判ったのだ。
ガス会社にしてみれば、ココは『お得意様』だったのだ。
それが何に使用されているのかは不明だが、施設地下の奥に、きちんと防火壁に守られた小型ガスタンクがあり、そこにも結構な量のガス備蓄があったのだ。
ちょっとぐらい、シューシュー言わせても、大丈夫そうだ。
それに、ミントちゃんから送られた『日々のガス使用量』を見る限り、ほぼ毎日結構な量の使用量が見られる。だから今日、『ちょっと多目』に使用したとしても、ガス会社は判らないだろう。
ミントちゃんを含め、現場の本部長ら全員が、数日おきに『極端に使用量が少ない日』を見て取れたのだが、それは誰も気にしていなかった。
そしてその日が『友引』であることに、気が付く者もいなかった。
だから今日が『先負』であることに、気が付く者もいない。
「ドンドン流せ。もっとだ。吹き飛ばしてやる」
本部長は、またまた『悪い笑顔』になっている。
「時間です。ベント開放確認。枝管壱、弐、参、昇圧中。異常なし」
冷静に数値を確認する兵士の声に、本部長は頷いた。




