顔パス(六)
琴美は自分の部屋に帰って来た。東京で始めた寮生活。何だかんだ言って、ここが一番落ち着く。
電気を点けて、靴を脱ぎ小さな玄関に転がす。
靴箱の余裕は、ほぼなし。追加したらどうしようと思う。きっと『靴の箱』は捨てられない。
入って直ぐに目に入るのは、二段ベッドとクローゼット。その間に、細い通路的な隙間があるだけだ。
ベッドの一段目は机。だからやたら広い。なんやとかんやが散らばって、使える場所は少ないけれど。勉強? しているよ!
反対側のクローゼットは丈の短い上着用。下は引き出し。化粧台は折畳。窓はない。テレビはパソコンに録画している。
カバンを定位置に放り出し、伸びをする。ちょっと狭いけど、不満はない。何か、これ位が落ち着く気がする。
鏡に映る自分の顔を見て、『にっ』と笑う。そして、そのまま反対側の扉の鍵を開け、部屋の外に出る。
「あ、琴美おかえりー」
「おかえりー、何? 居残り?」
ルームメイトに、声を掛けられた。
ここは八部屋で共用しているリビング兼、台所兼、食堂兼、会議室。帰って来た学生は、大体ここに集うのだ。
「居残りじゃないからー」
琴美は笑いながら、自分の指定席に座る。
楓は反対側にもう座っていた。軽く右手をあげて挨拶をする。
「おつおつ」
「おつかれー。今日ありがとね」
「おけおけ」
多分四十五秒振り。琴美も笑顔で挨拶をした。
帰りの『ハーフボックス』いっつも楓が、予約してくれるのだ。流石、東京生まれの東京育ち。手慣れたものである。
「レポート、通ったの?」
にやにや笑って聞いてきたのは絵理だ。琴美と楓は見つめ合って苦笑いになると、絵理の方を向く。
「おまけでね」
「まじあせったぁ」
「良かったじゃーん。でもずるぅいぃ」
絵理も苦笑いになって安堵し、それでも茶化す。
「じゃぁ、全員、レポート合格だね! 良かったねー」
美里は茶化すことなく、素直にお祝いした。
「ありがとー」
「サンキュー美里!」
四人はテーブルを挟んで手を伸ばすと、手の平をパチンパチンと鳴らし合い、互いの健闘を褒めたたえた。
入学してから出会った四人であるが、仲が良いのは良いことだ。
「じゃぁ、お祝い、何にする?」
絵理が楓と琴美の二人を待っていたように聞く。しかし、聞かれた二人は、また顔を見合わせると、苦笑いして告白する。
「学食でパフェ、食べてきちゃったぁ」
「新発売のやつぅ」
絵理と美里は驚きの顔になり、二人を睨み付ける。
「えー、ずるいじゃーん!」
「この裏切り者―」
「ごめんごめん」
「まぁまぁ許してよー」
責められている二人に、反省の色はない。しかし、絵理と美里の二人も、それ以上責めなかった。
「私達も食べたからぁ」
「抜け駆けはさせませーん」
美里が人差し指を横に振りながら言う。二人共笑っているではないか。四人は、何だと思って笑い出す。
「何食べたの? 私チョコパフェ」
「あ、それも良いと思ったんだけど、キャラメル行ったんだよね」
「あー、楓と被ったー。琴美は何行ったの?」
「私はプリンパフェー」
「王道だねー。プリンどうだった?」
「結構おいしいプリンだったよー」
「そうなんだ。プリンが安そうだから微妙だと思ったんだけどー」
「そんなことなかったよ。オトクだったよー」
「キャラメルはどうだったのよー」
「うーん。アイスの周りのがパリパリしていて、良かったよー」
次のレポート、テーマは何にする? の情報交換は、しばらく行われそうにない。




