ハッカー殲滅作戦(百八十八)
ムッとしながらの発言に、高田部長は琴美の方を指さして諭す。
すると、本部長もそれに気が付いたのか、ニッコリと笑った。直ぐに言訳をする。
「昔、毘沙門天がさぁ、俺の車でチビったんだよね」
「それで『ビシャーさん』、なんですかぁ?」
苦笑いして琴美が首を傾げる。すると本部長も苦笑いになって、両手でハンドル操作を始めた。
そこにハンドルは無いが、気分は『地雷原突破』である。
「そうなのよぉ。『折角の新車』だったのにさぁ。台無しだよぉ」
ちょっと略されてしまったが、正確には『折角敵から鹵獲した新し目の車』ということだ。
しかし琴美には、そんな車種までは判らない。思い浮かんだのは、『多摩川でのBBQ』で見掛けた『白いミニバン』だ。
もちろん、車種もメーカーも判らない。判るのは色と形だけだ。
「でも『ビシャー』だと、『結構出てる感じ』、しませんかぁ?」
悪戯っぽく笑った。何でそうなったのかは知らないが、その『ビシャーさん』も、付き合いが長いのだろう。
BBQの時に、居たお覚えはないけれど。
「いててっ、そんなに漏らしてないですよぉ。酷いなぁ」
あらぬ方向からの声に、一斉に振り返る。いや、そこの兵士、そう。あなたです。
あなたはもっと早く、気が付かないとダメでしょう。
「大丈夫ですか?」「大丈夫じゃないよぉ」
かつての部下が、かつての上官を助け起こす。いや、まだ死んではいなかった。これからだ。
ほら、本部長がコツコツとやって来る。
「おい毘沙門天、良く俺の前に現れたなぁ」
兵士が持ち上げようと難儀している『鉄の扉』を、軽く蹴っ飛ばした。するとガランガランと軽い音がして、廊下を転がって行く。
「もう、陸軍は辞めたので、勘弁して下さいよぉ」
急に布団を剥がされた小学生のように、情けなく両膝を曲げ、両腕を本部長の方に伸ばして顔を背けている。
「じゃぁ、今は何やってんだ?」
毘沙門天がそう言う割りに、全身迷彩服なのに合点がいかない。それに、さっき『隊長』なんて肩書まで聞いたぞ?
「吉野財閥自衛隊の近衛ですよ」「へぇぇ。お前がねぇ。チッ」
関連会社の社員、しかも民間人ならば、ぶっ殺すのはダメだろう。
軽く舌打ちをして、私怨を仕事に持ち込むのは止めにする。
「じゃぁ、全員に伝えろっ!」「はいぃっ!」
突然、本部長が大声で吠える。それは、ペンギンの鳴き声に非ず。
「完膚なきまでに破壊せよ。以上だ」「承知しましたっ!」
そう。正式名『エンペラーペンギン』による『鶴の一声』なのだ。




