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顔パス(五)

 エレベータホールで、エレベータを待つ。帰宅時間のピークなのか、大勢の人がいる。

 琴美と楓も、端末から予約したエレベータが来るのを待つ。


 エレベータの扉が開くと、武骨な四角い箱が扉から出て来る。待ち人は、じっと足元の黄色い線より内側で待つ。


 やがて箱が全部、垂直通路からエレベータホールの水平通路に吐き出され、直角に曲がって列の前で止まる。

 扉が開くと、誰もいないのを見て、一斉に人々が乗り込んだ。たちまち満員。扉が閉まる。


 そんな箱の後ろには、次の箱が来ている。今の箱は水平通路をそのまま進み、下降専用の垂直通路に向かう。


 次の箱は、二人乗りのイス付きだった。

「琴美、予約したの来たよぉ」

「おっ、サンキュー」

 楓に促されて、慌てて動き出す。二人は並んで箱に入り、長椅子に並んで座る。扉が閉まると、水平通路を動き出す。


 待ち人の視線は感じない。

 だってもう後ろには、次の箱が来ているから。


 さっき来ていた『大きな箱』は、建物内専用の二十人乗りで、一階に行くだけである。

 それに対し楓が予約したのは、畳一畳程の大きさの、通称『ハーフボックス』一番小さいサイズである。

 ハーフの倍、一坪程の奴が、通称『フルボックス』である。家族で乗るなら、このサイズで十分だ。


「さっきのこと、まだ考えているの?」

 楓がボーっとしている琴美に聞く。琴美は少しだけ眉毛を動かす。

「うん。ちょっとねぇ。ほら私、大学から東京来たでしょ? だからさぁ、雨に当たるの、凄く怖いんだよねぇ」

「へぇ。そうなんだ」

 意外に思ったのか、それでも納得して楓は頷いた。逆に聞く。


「それじゃぁさ、『天気予測』も見るの?」

「見るよぉ。雨降りそうだとさぁ、『警報』とか出るんだ」

「何それ。知らなーい」

 楓の顔から笑顔が消えて、真顔になっていた。琴美が説明する。


「警報が出るとねぇ、学校も会社も休みになるんだよ」

 それを聞いて、直ぐに笑顔が戻る。

「まじで? 凄いじゃん!」「凄くはないよ」

 楓は東京生まれの東京育ち。だから『雨の怖さ』を知らないのだ。

 苦笑いで琴美が答えたのに、楓は、前のめりで聞いて来る。


「凄いよ! じゃぁさ、『梅雨休み』ってあるの?」

 楓の目がキラキラしている。

「あるよー。当たり前だよ」「まじかっ。いつか判らないのに?」

「いや、判るよ。ちゃんと『梅雨入り予測』出るし。あ、でもね、たまーに外すときあるんだよね」

「駄目だなぁ。そうなったら、どうすんの?」

 首を傾げている。


「期末テスト中でも、『梅雨休み』突入ですよー」

 そこは嬉しかったのか、琴美が右手を前に突き出した。

「テスト中でも? やっぱ凄いじゃん!」

 楓は両手を太ももに『パチンパチン』として喜んでいる。よっぽど珍しい話を聞いたようだ。


「でも、晴れたら学校行って、期末試験受けるんだよ?」

「え? 遊び行けないじゃん!」

「あのね、『梅雨休み』中は、もう、ずっと家にいるんだから、遊びに何て行けないんだよ!」「それは嫌だ―」

 気の毒そうに言うが、楓の顔は笑っていた。


 二人を乗せたハーフボックスは、建物を出て台車に乗る。

 その時、多少『ガタン』と揺れたかもしれないが、二人は全然気にしてはいなかった。


 やがて二人を乗せた台車は道路に出ると、大学の寮に向かって走り出す。速度を上げた台車は、時速二百キロに達し、楓が指定した場所まで走り続ける。

 途中のセキュリティは、乗車時に済んでいるので、どんどん通り過ぎる。


 やがて、寮の建物に入ると、ハーフボックスは台車から降ろされ、水平通路、垂直通路を経て、二人の部屋がある三階に到達すると、エレベータホールに向かう。


「あ、着いたみたいよ」

 扉が開いたので、楓が言った。楓が顎で指した方を琴美は見る。

「ホントだ。これさぁ、いっつも判んないよねぇ」

 苦笑いして琴美が言った。便利過ぎるのも困りよう? である。

「まぁ、良いじゃん。楽だし。はい。降りて降りて」

 楓が手を振って琴美を促している。

「はいはい」

 二人は笑いながらハーフボックスを出た。


 琴美がそう言うのも無理はない。

 何故なら、ハーフボックスには窓がない。あるのは全面ディスプレイである。

 そこに外の景色を写すこともできるが、それが『実際の景色』とは限らない。でも大抵の場合は、広告が流れているのだ。


「そうだ! 今度さぁ、『電車』の乗り方、教えてよ!」

「電車かぁ。楓に乗りこなせるかなぁ」

 真顔で琴美が言ったのを見て、楓は笑い出す。


「そんなにむずいの?」

 返事を聞く前に楓は扉を開けると、手を振りながら自分の部屋に足を踏み入れる。横目に、琴美がIDカードを横に振るのを眺めながら、そのまま中に入ってしまった。


 その時琴美は、高校時代の電車通学を思い出していた。

 友達とフラフラと寄り道しながら、帰った日々が懐かしい。


『ピピッ。暗証番号を入力して下さい』

「捻りナシかよっ!」


 我に返って突っ込んだ。

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