ハッカー殲滅作戦(百八十二)
牧夫は覗き窓を開ける。中は薄暗くて良く見えない。
しかし写真と同じ姿勢のまま、動いていないように見える。牧夫は静かに琴美を呼ぶ。
「ことみぃ。ことみぃ」
返事がない。寝ているのだろうか。だとしたら始末が悪い。爆睡中の琴美を起こすのは、並大抵のことではない。
それに起きた後は、大抵不機嫌である。
ふと、足が動いた。頭を抱えていた腕も動く。そのタイミングでもう一度声をかける。
「琴美っ! 琴美っ! 朝ごはんだよっ。学校遅れるよっ」
自然と声が大きくなっていた。少なくとも生きているのだ。頼む。こっち向いてくれっ。牧夫は心の中で祈る。
動いた手は、毛布でも探しているかのようだ。まるで父の声に反応して、『あと五分』とでも言いそうだ。
娘にもしそう言われたら、世の『娘を持つ父親』は、一体どうしているのだろう。牧夫は、そのまま五分待つタイプだ。
「琴美っ! ジュース買いに行くかっ?」
ピタッと、毛布を探す琴美の動きが止まった。そしてベッドから跳ね起きる。その瞬間『ここは何処』と、考えているかのようだ。
それでもパッと振り返り、髪もグシャグシャのまま目を見開いた。そして、覗き窓から『父の目』を見つけると、素早く立ち上がって扉まで走って来る。
「お父さん!」「琴美っ!」「遅いよっ! 早く出してっ」
琴美に『現在地』の情報は、一切ない。カーテンで『す巻き』にされて、車に放り込まれると眠らされ、気が付いたらココだった。
だから目の前に『父がいること』も、まるで夢のようだ。
うん。『お父さん助けて』と、叫んだり呟いたりしたが、それで本当に父がやって来るとは。『エスパー』になった気分だ。
「今出してやるから、ちょっと後ろに下がっていろっ」
すると返事もせずに、琴美は後ろに下がった。
牧夫は『NJSマーク』の横にある『電子ロックの型番』と『シリアルナンバー』を確認すると、しばし考える。
そして、おもむろにテンキーを操作し始めた。
『1192#2960(カチャン)』
「よしっ。開いたぞっ」「えっ? 何で?」
溶接キットを持って来ていた兵士が、出番がなくなって『ポカン』とするしかない。『うちの製品はどうなっているの?』という顔だ。
それでも『KKの救出』が最優先。直ぐに扉を開ける。
「お父さんっ!」「琴美っ。もう大丈夫だぞっ」
腕の中で琴美が泣き出していた。よっぽど怖かったのだろう。観覧車でも泣かなかった琴美がこのざまだ。可哀そう過ぎる。
「あのぉ。感動の再会の所ぉ、大変、申し訳ないのですがぁ」
隊長が胡麻を擦るように、二人の間に割り込んだ。




