ハッカー殲滅作戦(百七十六)
本部長は、昔から暴れん坊だった。背が低いことを理由に、意味もなく馬鹿にしてくる奴は、無言で潰していた。
そうして、いつしか誰も手が付けられない奴になっていた。
それを矯正したのは空手だった。空手道場で高田師範を、何度半殺しにしたかは覚えていない。
それでも一緒に飯を食ったり、夜な夜な『大人のビデオ』を見たりして、お陰で少しは性格が丸くなった。
空手の師匠が亡くなった今、そんな本部長を、人間界に繋ぎ止めていたのが妻・京子だった。
京子の安否は不明だが、それでも『手を出した』ことには変らない。そして、手を出した奴がどうなるのかは明らかだ。
だから『報復に向かう最初の一歩』を踏み出す瞬間なんて、何も覚えてはいないだろう。
本部長を閉じ込めていた扉を開けた瞬間に、問答無用で首の骨をへし折られてしまうのは確実だ。
そして『必要な物』を剥ぎ取られてしまうのだ。
「仲間だって、言えば良いじゃないですかぁ」
牧夫が高田部長の説明に口を挟む。
「それが『ダメ』なんだよ」「何でですか?」
高田部長は渋い顔になった。ゆっくりと溜息を吐いて首を横に振ると、軽く天井を見上げてもう一度息を吐く。
「あれはなぁ。もう何年前だ? 函館奪還作戦での話だ」
高田部長の頭によみがえったのは、『仲間』八人と敵の通信施設付近に張り付いたときの情景だ。
ヒューヒューと強い風が吹き荒れる、ブリザードの夜だった。
『敵施設に、変わった動きはありません』
観測員の報告に大佐は頷いた。そして部下に指示を出す。
『良し。予定通りだな。ペンギンとイーグルは裏口へ。ペリカンとブリキ缶は俺と一緒に来い』
「すいません。その話、長くなりそうですか?」
状況説明に思わず隊長が口を挟むと、ブリザードが止んだ。
「お家に帰るまでが作戦だとしたら、あと二カ月かなぁ」
長生きしたいと思っている高田部長が、話を引き伸ばそうとしているのを、隊長は良く判っている。
「長過ぎです。『こっちの作戦』にご協力下さい」
隊長が現実世界に引き戻す。きっと隊長は『その話』を、飲み屋かどこかで、何度も聞いたことがあるのだろう。
だからこそ『適任』と高田部長を指名しているのだ。
「あとの三人は、何て名前だったんですか?」
牧夫が空気を読まない質問をするものだから、隊長の顔が曇る。そんなの、どうだって良いではないか。
しかし高田部長は、パッと明るくなった。
「阿修羅と千手観音と、あと『毘沙門天』だっけか?」
ニッっと笑って隊長の方を見ると、『俺じゃない』とばかりに腕を振り、口をへの字に曲げる。そして隊長は苦笑した。




