ハッカー殲滅作戦(百七十二)
銃声と共に、生暖かい液体が飛び散った。それをまともに浴びたのは、吉野財閥自衛隊の兵士と高田部長である。
「大丈夫ですか!」「駄目かっ!」
同時に応戦する銃声がして、同時に牧夫を心配する声。振り返った顔は、驚きの表情に変わっている。
「どこも怪我はありませんか?」「痛いの痛いの飛んで行けぇ」
顔にかかったコーヒーを拭こうともせず、兵士が牧夫の心配をしている。どうやら血は出ておらず、無事のようだ。
「ハンカチ貸せよ」「何ですか。もぉ」
左手の人差し指と親指で持っていた筈の『缶コーヒー』は、どこかに行ってしまった。奇跡的に、手は無事である。
ポケットからハンカチを取り出すと、高田部長がそれを奪い取る。一番最初に拭いたのは、どうやら拳銃のようだ。
「ボーっとしているからだよ。お前も使えよ」「すいません」
兵士のヘルメットを拭いてやってから、ハンカチを渡す。兵士は恐縮しながらも顔に付いたコーヒーを拭く。
どうやら目にも入ってしまったようだ。目をパチパチしているものの、怪我はなく無事らしい。
「ありがとうございます」「いえいえ」
何だかヘルメットを拭いたときに、血もついてしまったのか、グシャグシャになったハンカチを、牧夫はそのままポケットに突っ込んだ。気にするな。そんなのは洗濯すれば良い。
「本部長のコーヒー、なくなっちゃいましたね」
「まだカバンにあるんだろ?」「そりゃありますけど」
肩から提げていたカバンの蓋を開けて、覗き込む。自分の命が危うかったのに、『お土産』の心配をする所が変わっている。
しかし、きっとハッカーはそう言う人の集まりに違いない。兵士はそう自分に言い聞かせていた。
「あっ! 何か液漏れしちゃってる?」「どうしたぁ?」
牧夫がカバンの中を覗き込むと、そこにはオレンジジュースがぶちまけられていた。最悪だ。
さっきのハンカチを再び取り出すと、カバンの中に手を突っ込んでオレンジジュースを沁み込ませる。
嫌な予感がしたのだろう。兵士が慌ててカバンの横を覗き込む。するとそこには、銃弾位の穴が開いているではないか。
「だっ、大丈夫だったんですか? 怪我してないですよね?」
兵士が驚いて、カバンをひっくり返して反対側を覗き込む。しかし、そちらに穴は開いていない。カバンは銃弾から牧夫を守ったことになる。ホッとした表情に変わった。
「何だ、カバンに何入れていたんだぁ?」
そんなカバンの中を、高田部長が覗き込む。牧夫は渋い顔になって、オレンジジュースまみれになった物体を、カバンから取り出した。
それはA4サイズの、四角い物体であった。
「本部長から貰ったパソコンなのに。大丈夫かなぁ」
心配そうに覗き込むが、ちょっと凹んだ箇所が判る程度で、不思議なことに、何も心配はなさそうだ。
「何だ。それかぁ。お前、後で本部長に礼言えよ?」
どこかで見たことがあったのだろうか。パソコンの凹んだ場所を指さして、ケケケと笑いながら高田部長が言う。
それを見た兵士も苦笑いになった。うちのハッカーは、『軍事用』のパソコンを、愛用しているのだろうか。
しかし、高田部長の目の前に『パソコン』が現れて、直ぐに渋い顔になった。
きっと『良くないこと』に、使われるに違いないのだ。
「でも、それ、欠陥品なんだよなぁ」「そうなんですかぁ?」
高田部長がパソコンに対し、『興味なさそう』に秘密を暴露すると、牧夫は驚いた。本部長は、一体何を考えているのだろうか。いや、考えていなさそう。
「どこが欠陥なんですか?」
クルクルとパソコンを回しながら、牧夫が聞く。すると高田部長は、『俺は知ってるぜ』な表情に変わると、得意そうに話し始める。
「それさ、使っている内に『冷たく』ならない?」「なりますね」
どうして『そんな秘密』を知っているのだろうと、牧夫は思い、首を傾げた。
「CPUを冷やすはずのぺルチェ素子がさ、設定逆なんだよ」
「道理でクロックアップすると、直ぐ止まる訳ですよぉっ!」
どうやら、この『ペンギン印』のパソコンは、欠陥品のようだ。




