表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/1523

顔パス(三)

 図書館で琴美は、本を探している。

 図書館だから『本』があるのは当たり前なのであるが、最近の図書館は『CD』や『DVD』を始めとしたデジタル情報も、取り扱っている。


 もちろん顔パスで利用可能である。


 昔はサイズ圧縮のために『マイクロフィルム』なんてものもあったのだが、今は読み取る機械が少なくなって、慌てて元に戻している最中だ。

 CDもDVDも、今は機械が沢山残っているが、いずれ図書館でしかお目にかかれなくなるだろう。


 そういう点から見て、紙の本はあと三百年、いや、百年は安泰だ。和紙に比べ、洋紙の寿命が思ったより短くて、今全国の図書館では、その対策について研究が進んでいる。


 本棚に並ぶ本も、いずれは粉になって飛んで行くことだろう。

 まぁ、和紙の本も修復が間に合わず、千年後には読めなくなってしまうのであるが。


 琴美は、一冊の本を手に取って開く。昔の研究論文。探していたテーマに、近いかもしれないと思ったからだ。


『降雨後に太陽が及ぼす影響』

 雨に打たれると溶けてしまうのは、常識だ。そして、太陽が『恐怖の雨』を、『恵みの雨』に還る。それも、常識だ。


 小学生がいて、雨が降りそうなのにグズグズしていれば、大人は誰でもその子を、助けようとするだろう。

 しかし翌日、道路にできた水溜まりを、長靴でビチャビチャやっても、顔をしかめる大人はいない。


 琴美はそんな常識を、研究したかった。何故か、誰も研究していなかったからだ。不思議だった。世界中の誰も、研究していない。


 それは、電子化された論文全部に対して検索を掛けたのに、一つも該当するものがなかったことで、証明できるだろう。

 検索結果は正しい。だって、琴美の『水の電気分解』も、ちゃんと検索結果で表示されたし。あ、引用ゼロ。ちょっと恥ずかしい。


 琴美はページを捲る度に、眉をひそめる。読みやすい論文というものは存在しない。正確であることと、読みやすいは違うのだ。

 目が痛くなってきた。琴美は首をグリグリと回し、目を擦る。


 どうも慣れない。この『右文字』に。しかし、そう思っているのは琴美だけのようだ。


 日本語に『横書き』は存在しない。いや、正確には、『横書きは存在しなかった』である。


 英字を含む文章を表記するのに、横書きを制定してまだ百年。

 だから、まだ『縦書き』が主流だ。琴美が言っている『右文字』とは、『一列に一文字だけの縦書き』なのだ。


 琴美が今読んでいる論文は、それの三十五段組。つまり、右から左に書かれた縦書きが、一頁に三十五段ある。

 その場合の外国語は、全部カタカナで表記され、『ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム』とか『ナトリウムエトキシド』とかが、右から左に表記されている。


「琴美、何かあった?」

 目を擦り終わると、そこには楓がいた。心配そうに眺めている。

「いや、まだ何も」

 そう言って琴美は、本を閉じる。楓はその表紙を見て声を挙げた。


「何だ。関連しそうなの、あったじゃん!」

 そう言って、琴美から本を取り上げた。そして目を右から左に動かしながら、ささっと読む。琴美は苦笑いする。

「読めるの?」

 その問いに楓は顔を上げて笑う。

「日本人だから、当たり前だよ!」

 そう言って笑われた。琴美は思わず頷く。


「ハイポ生まれのハイポ育ちには、辛かろう」

 楓がまだ笑いながら、琴美を慰める。

 電子書籍は『縦書き』『横書き』『右から左』『左から右』の組み合わせを、自由に選べるのだ。

「だよねー。私『スワヒリ語』、得意だからさぁ!」

 適当に言って笑う。楓は笑顔から驚きの表情に変わった。

「すっごいじゃん! 今度教えてよ!」「えーっ?」

 琴美からも笑顔が消えた。すると今度は、楓が笑顔になってまた本に目を向ける。

 琴美は汗をかいて、呟く。


「やっべっ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ