ハッカー殲滅作戦(百六十二)
少佐が大声で叫んだ直後だった。机上の電話が鳴る。
少佐の顔は、明らかに『こんな時に』であるのだが、その電話の主は『上官』か『奥様』である。
もし『奥様』だった場合、『帰りに卵買ってきて』だったりするのであるが、『上官』だった場合は何を言われるのか不明である。
何しろ大抵が『緊急を要する』からだ。
『すぐ来い(ガチャ)』
「はいっ! 承知しましたっ」
石井少佐の『直立不動』を初めて見た右井少尉には、少々刺激が強かったようだ。驚いて『もう一つの報告』が、出来ないでいた。
石井少佐はさっきまでの『ウキウキ気分』が吹き飛んで、『陸将』からの一喝呼び出しに、オロオロするばかりだ。
陸将なんて、半年に一度の『定期報告』でしか、顔を合わせない人なのに、何で途中の上官をすっ飛ばして、少佐である自分に『直電』が来たのか判らない。とにかく、早く行かないと。
「ちょっと『市ヶ谷本部』に行って来る」
「お供しましょうか?」
井学大尉が進み出る。そして右井少尉の手元にある『報告書』に目が留まった。
「それ、道中で確認しておく」
右井少尉の手元を指さして、井学大尉の方にシュっとやると、右井少尉がそれを理解して、直ぐに井学大尉に渡した。
石井少佐は軍帽を被り、顔だけはいつもの『冷静沈着』になると、出入口へ早足で歩き始める。
直ぐに井学大尉が、石井少佐のカバンを持ち扉の方に走った。
「本部に出かけて来ます」
扉が自動的に開いた。そして、様々な作業をしていた秘書達が手を止めて立ち上がり、石井少佐の通過を待つ。
その頃館内には、短く『SOD』と放送されていた。
カバン持ちが通り過ぎたその後に、石井少佐が緊張した面持ちで通り過ぎた。いつもより速い。何か『重大な事件』が起きたようだ。
秘書達は頭を下げる前の、その一瞬で捉えた石井少佐の表情から、それを読み取っていた。
最後に出て来たのは、報告することができなくなった、右井少尉である。『こんな所に同期が』と、入り口の守衛と顔を合わせてお辞儀をしていた。
「作戦は、進めておきたまえっ! 丁重になっ」
「はいっ!」
秘書室を出る直前に石井少佐が振り返り、右井少尉に指示を出す。それを受けて右井少尉は、思わず大声で返事をすると、少佐の姿が見えなくなるまで敬礼の姿勢で見送った。
少佐のいつもの『コツコツ』音が廊下を駆け抜けて行く。
きっと今頃『少佐がお出かけ』を表すコールサインを受けて、館内が騒がしくなっていることだろう。




