ハッカー殲滅作戦(百五十九)
部隊長室にノックの音がする。石井少佐は話を止めた。
「どうぞ」「失礼します」
守衛役の下士官がドアを開けて一礼した。
「右井少尉がお見えです」
「おぉ。そうか。入りたまえ」
下士官が一礼して見えなくなると、代わりに入って来たのは右井少尉だ。ここ『防疫給水部』から石井少佐の密命を受け、『陸軍東部第三十三部隊』に出向中だ。
「出ましょうか?」
入れ替わりにそう言ってお辞儀をしたのは、井学大尉だ。今まで石井少佐と話をしていた。
「いや。大丈夫だ。大尉もいたまえ」「はい」
井学大尉は頷いて、右井少尉に石井少佐の正面を譲る。右井少尉は石井少佐と井学大尉に敬礼をした。
「堅苦しい挨拶は抜きにして。なっ」
三人は同郷の同士である。年代は異なるが、田舎では同じ学校を出た同窓でもある。
井学大尉はそんな石井少佐の表情を見て、もうリラックスした笑顔に変わっている。流石、少佐のカバン持ち。空気を読むのが早い。
一方の右井少尉は、苦笑いになっただけである。
「本日の『ハッカー殲滅作戦』についてです」
「えっ?」「えっ?」
石井少佐と井学大尉が同時に答えた。
「えっ?」
それを受けて、右井少尉も答えた。どうやら『作戦』が上まで伝わっていなかったのだろうか?
「今日は『日本国人・ご招待作戦』だったのでは?」
石井少佐が、不思議そうな顔をして首を傾げている。すると、右井少尉も首を傾げた。
まるで『そんな作戦名だっけ?』と思い出しているようだ。
「新宿の『シャイディリア』だよね?」
石井少佐が『店名』を言うと、右井少尉も頷いた。
「はい。その通りです」
井学大尉は苦虫を潰したような顔だ。
「じゃぁ、『そっち』だよ」
「承知しました」
右井少尉も『井学大尉の行動』について、ちらっと聞いている。『まずいことしたなぁ』とでも、思っているのだろうか。それでも説明を始めた。
「現在新宿の『K7』にて身柄を確保しております」
「あぁ、第七研究所に行ったの」「はい」
同じ都内であるが、歩いて行くにはちょっと遠い。
「こっちで良かったのに」「そうでしたか」
直ぐにでも、話を聞いてみたかったのに。
「まぁ良いや」「はい」
ひょうひょうと会話が進む。すると報告を遮るように、石井少佐が井学大尉に聞く。
「もう逢ったの?」「いいえ。まだです」
井学大尉が即答した。そんな慌てた態度を笑うかのように、石井少佐は、右井少尉の方を見る。
「聞いてる?」
笑顔でそう言いながら、石井少佐は井学大尉の方を指さした。すると右井少尉も、答え辛そうな苦笑いになると頷いた。
「多少は」「そうか」
笑顔で『バンッ』と机を叩いて、右井少尉を指さした。この場合の『笑顔』は、『面白い方』の笑顔のようだ。
「なぁ? カッコイイ奴だろぉ?」
そう言いながら、右井少尉を指していた指を、シュっと井学大尉の方に向けた。
井学大尉は反省するようにペコペコお辞儀をしながら、重ねた両手の内、右手を『おへその前』で、ブンブン振って恐縮している。
それを見て、右井少尉は何も言えない。どちらにしても『ドジを踏んだ』のは先輩であり、上官なのだ。
「良いんだ良いんだ」
笑顔で中腰になると今度は左手を伸ばし、井学大尉の腰の辺りを『パンッ』と叩く。どうやらこれも『良くやった』と言うが如しに。
「彼女から軍が嫌われても、井学大尉だけは味方のままだろう?」
「勿論です。あっ」
思わず答えた井学大尉にも驚いたが、頷いて笑う石井少佐を見て、右井少尉も『なるほど』と思って頷いた。




