ハッカー殲滅作戦(百五十七)
暗闇に近い地下牢は、心寂しい。それでも一応『清潔』には保たれていて、『ネズミ』や『G』が出る気配はない。
しかしそれが、いつまで続くかは判らない。
琴美はベッドに座って、しょんぼりとしていた。
何か『悪い夢』でも、観ているかのようだ。しかし、どこをつねらなくても、『夢ではない』ことは明らかだ。
だから、この世界に来ることになった『きっかけ』を思い出す。
あれは忘れもしない。高校生の『とある日』の出来事だ。
そう思って、一人笑った。最近は夢に観ることも少なくなったが、自分の『不運』はそこからである。
本当は文系の大学に入って、そこでカッコイイ先輩に巡り合って、アルバイト代と、チョロい父親を騙して巻き上げたお小遣いで、毎日愉快に、楽しく遊んで暮らす、バラ色の未来があった筈だった。
それがどうだろう。理系の大学に入って、楽しい仲間に出会って、チョロい父親を騙して巻き上げたお小遣いで、毎日愉快に、楽しく遊んで暮らす、どどめ色の現実がある。
「あれ? 何か足りないなぁ」
一人呟いて、また笑う。
笑っていなければ、やってられない。
お気に入りの小物を入れた、借りたブランドバックは、どこかに行ってしまった。
スマホもないので、助けを呼ぶこともできない。ここに『電波』が届いているのかも、感じることはできないが。
おまけに、お気に入りのハイヒールは、片方が行方不明で、もう片方はヒールが折れてしまった。
最悪だ。これでは『何のためのハイヒール』なのか、全然判らないではないか。
琴美が『ブンッ』と足を振ると、ハイヒールが飛んで行く。
『ガンッ!』「静かにしろっ!」
目を上にあげて白目になり、同時に口をへの字にした酷い顔。
鏡もないし、他に誰もいないので遠慮は要らない。
溜息をして、『無意味なケンケン』をしながらハイヒールを回収しに行く。この部屋を往復しても、何分、いや、何秒も掛からない。
再び定位置に戻って来て、過去の繰り返しである。
あれは忘れもしない。高校生の『とある日』の出来事だ。
「とある日って、いつだよぉ」
小さく呟いて笑う。『静かにしろ』の苦情は来ない。
琴美は溜息をして、まだ清潔なベッドに倒れ込む。
枕を抱え込み『お父さん、助けてっ』と、小さく叫ぶ。
するとそのまま、泣き出してしまった。




