顔パス(二)
二人は学食にやって来た。そこで三百円のラーメンを注文し、ジャンケンで負けた琴美が、二人分支払う。
幾ら何でも、甘いものは自己負担。それでも楓は『デザートコーナー』に、鼻歌混じりで行ってしまった。
楓はまたも『顔パス』で会計を澄ますと、席を探しに先に行く。
まぁ、それはそれで有難い。
琴美はラーメンを二つ注文し、トレイに載せる。そして自分も『デザートコーナー』に立ち寄ってから、お会計に向かう。
レジで顔とトレイかざすと、ICチップを読み取って金額が表示されるのだが、ここで琴美だけが『IDカード』をかざし、会計を済ませる。
両手が塞がっている時に顔パスは便利だと思うが、ちゃんと置く台はあるし、もう慣れた。
レジで千円以下の決済に、暗証番号の入力は不要だが、百円毎に一分のクールタイムがあり、高額決済を『千円の複数回決済』で回避することはできない。
楓の学食費が、普通に銀行口座から引き落としであるのに対し、顔パスができない琴美は、銀行口座も特殊だ。
口座種別『3・公共料金』が必須。
まぁ、それ自体は社会人なら誰でも開設している『総合口座』なのであるが、学生の身分で開設している者は少ないだろう。
そこに、向こう三カ月分の学費が積まれている必要がある。
昔、サラリーマンは給料から税金が『源泉徴収』されていたのであるが、銀行業が自由化された時に廃止された。
お陰で法人税は減ったが、所得税は大幅に増える。
事務効率化のため、給料を銀行振り込みにした際、銀行側で所得税、社会保険料額を算出し、『3・公共料金』に自動的に振り分けられるようにしたのだ。
口座種別『3・公共料金』の残高は、銀行倒産時でも全額保証されるが、引き出すことはできない。それに口座を解約すると、即、納税となる。
残高が戻ってくるのは、本人が死亡した場合だけだ。
銀行口座は、国民番号が埋め込まれたIDカードと紐づいていて、父・牧夫の口座に振り込まれた給料から、扶養家族である琴美の口座に、自動的に振り替えられる。
学費なので、贈与税は掛からない。
まぁ、プリンパフェを手にした琴美が、そんな細かいことを気にする様子はない。呑気な学生である。
「え、嘘、プリンパフェにしたの?」
「えへへ。良いでしょ。お祝いよ!」
ニッコリ笑って、琴美が楓が確保したテーブルにやって来た。楓は自分のご褒美にチョイスした、チョコレートパフェを眺める。
「だよね! レポート合格、おめでとう!」
「おめでとう! 次も頑張ろうね!」
「うん!」
どうやら二人は、気が合うみたいだ。パフェを持ち上げて『カチン』と合わせる。
「でもさ、ラーメンとは、合わなくね?」
「んー、言えるかもー」
二人は笑い出す。どうやら食の好みも合うみたいだ。
「早く食べないとアイス溶けちゃう!」
楓の忠告に、琴美も頷く。
「そうだねっ、いただきます! あちっ」
「あはは。気を付けなっ。いただきます! あちっ」
二人は目を合わせて微笑むが、互いを指さして笑うのは我慢する。
ぐずぐずしている間に、アイスはどんどん溶けて行くのだ。




