ハッカー殲滅作戦(百四十九)
「うっ、うーん」
運転手の吉田が目を覚ました。目を擦ろうとしたが、右手が動かない。と、思ったら左手もだ。
猫のように足を使おうとも考えたが、それは止めた。
何故なら足も、グルグル巻きになっているのが見えたからだ。
「おっ、奴さん、目を覚ましたぞぉ」
「ほらぁ。大丈夫だったじゃないですかぁ」
森の小道からちょっと入った所に、吉田は打ち捨てられていた。
一応『今は』生きているが、こんな所で放置されたらと思うと、大声で誰か呼びたくもなる。
『シーッ』
「静かにしろぉ」
口の前に差し出した人差し指を思わず残したまま、黒田が横を向く。そこには『カッコつけた』黒井が、ナイフを突き出して脅している。の、だが、どうも『凄味』はない。
しかし『霧の花畑』で、去年亡くなった婆ちゃんに会って来た吉田は、素直に大人しくなった。
黒田が目を見て、吉田に話し掛ける。
「良いか。上官に伝えて置け。俺達は『隠密部隊』だ」
「はい」
吉田は直ぐに答えると頷いた。すると隣の『馬鹿力』が、目を見開いてナイフを舐めながら言う。
「俺がそこの『黒井中佐』だぁ。『二佐』じゃねぇ。中佐だぞぉ」
「はいぃ? あっ、はいっ。中佐殿ですね」
何だか判らなくて混乱しながらも、吉田は頷いた。
「そぉだぁ。良い子だぁ(ペチペチ)」
物凄く似合わない。何とかして『凄味』を出そうと必死なのが判り、それが頬を叩くナイフを通して伝わって来る。
きったねぇ。『舐めた所』で叩くなよぉ。
勝手に『自己紹介』を始めた黒井を、黒田は眉をひそめて眺めている。しかし、時間がない。突っ込むのは止めて、吉田の方を向く。
「俺は『重村大佐』だ。現場の『鮫島君』によろしく」
「はっ! 大佐殿! 鮫島少尉に申し伝えます!」
大佐にもなると、少尉を『君』呼ばわりなのか。怖え。
すると黒田は、更に凄味を増して言う。
「そぉだぁ。良い子だぁ。依井には『今度呼び出す』って伝えろっ」
吉田は目を剥いて固まる。目をパチクリさせて、とりあえず頷くしかない。だって、今呼び捨てにした『依井』って、連隊長の『依井大佐』のこと? だよね?
「何だぁ? 『ボケ茄子依井』の方が良かったかぁ?」
笑いながら『重村大佐』が立ち上がった。すると『なんちゃら中佐』も立ち上がると、ナイフを振り上げた。
「また『寝かした方』が良いですかねぇ?」
大佐に『許可』を求めている。吉田は慌てて首を横に振った。
「声を出さずに、大人しくできるか?」
『はい! はい! できます! 黙っています!』
無言のまま、目で訴え続ける。そして、何度も頷く。
「どうかなぁ。やっぱり『ガツン』と一発、入れといた方が?」
『あんたは二発入れただろうがっ! もしかして三発入れた?』
それも無言のまま、目で訴える。
黒田は呆れて右手を左右に振ると、黒井に言う。
「良いよ別に。『バナナ』でも食わしとけっ」
「『俺の』ですかぁ?」
意味深な目で、黒井が言っている。
それを見た黒田が、『グッ』と右足を動かした瞬間、黒井も直ぐに両手を前に出して『判ってますよ冗談ですよ』とアピールする。
ポケットから『自分の分のバナナ』を取り出すと、皮も剥かずに吉田に咥えさせた。これで大人しく、暫く生きて行けるだろう。
吉田が『ムームー』言い始めたが、きっと『お礼』に違いない。
吉田が『柄の方を入れるなっ』と涙目になっている所に、大佐が中佐のケツに一発『蹴り』を入れたのを見て、落ち着いた。
しかし、偉そうに中佐が助手席へ乗り込む。どうやら大佐の方が、運転をするようだ。
すると、まるで『いつものこと』のように、森へジープのケツを乗り入れて方向転換すると、ライトを消し、そのまま加速して行く。
森の小道を物凄い速さで吉田から遠ざかっていき、砂埃が静かになる頃には、付近は闇に包まれていた。




