ハッカー殲滅作戦(百四十八)
森の中でジープのライトだけが、静かに光っている。
運転手は身動き一つできず、次の指示を待っていた。じじいの目は、相変わらずだ。『蛇に睨まれた蛙』とは、こういう心境か。
するとそこへ、間抜けな足音を立てながら、如何にも『素人』っぽいのがやってきた。
一丁前に軍服なんか来ちゃって、顔もペイントしているが、全然走り方が『陸軍』ぽくない。
「ちょっとぉ、黒dっ、黒田節が好きなぁ、しっげむらぁ大佐ぁ」
「何だよ、黒井二等兵!」
突然、間抜けっぽい会話が始まった。運転手は考える。
じじいの目はそのままだが、口元が笑っている。にしても、『大佐?』やはり軍人か。
いや、もしかして『大差』とか『田井さん』とか言っているだけかもしれない。漢字判らない感じだし。
「ちょっとぉ。『中佐』って言ったじゃないですかぁ」
「そうだっけかぁ?」
「そうですよぉ。あと、俺のナイフ、勝手に投げないで下さいよぉ」
運転席横に来て、素人が文句を言っている。どうやら『素人』の方が『中佐役』らしい。目がじじいと違い『殺気』がない。
と言うことは、じじいは『大佐役』。つまり、脅し担当の『元軍人』と言った所か。なるほど。良いチームかもしれない。
「丁度良い所にあったから、借りた。返すよ。ほれっ」
ご丁寧にも、自分で引き抜いて投げやがった。こっちは百戦錬磨の『現役軍人』なんだよっ。舐めんじゃねぇぞ! 素人がっ。
じじいがナイフを投げた瞬間だった。運転手の左腕が助手席から解放された瞬間でもある。
運転手には、それが『何を意味するのか』も判っていた。そして、その瞬間を狙っていた。
右手を素早くハンドルから離して、ドアを開ける。
そうして素人が『おわぁ』とか言って後ろに倒れたら、ナイフを拾い上げて、じじいを斬る。完璧な作戦だ。
しかし運転手は、理解していなかった。自分に『名前』が割り当てられていないことを。
例えそれが『本部・長』みたいに『適当』であったとしても、『運・転手』みたいな『キラキラネーム』であったとしてもだ。
とにかく『名前のないキャラ』は、ワンシーンだけの『モブキャラ』であることを。
黒井は、普通にドアを押さえていた。いや、ドアロックが外れないように、左手でドアの引き手を引いていた。そして、黒田がナイフを投げるのも、判っていた。
それに、きっと『グサッ』って刺さったら『下手くそぉ』とか言って笑うのも、判っていた。
だからナイフの回転を良く見て、取っ手を掴むしかない。
言っておくが、戦闘機乗りの『動体視力』を舐めるんじゃない。そして、操縦桿を握る『腕力』もだ。
「血が付いたら、どうしてくれるんですかぁ」
黒井は右手を伸ばして、ナイフの柄を『パッ』と、いとも簡単に握り締めると、その振り上げた状態の『ナイフの柄』を、勢い良く振り下ろす。
百里基地腕相撲ナンバーワンの威力を思い知れっ! と、黒井が思っていたかは知らないが、とにかく『ゴッツン!』と、運転手の頭を強打した。一瞬キラめたのは、星だろうか。
しかし、黒井が思っていたのは別のことだ。
ヘルメット越しだ。どうせ、死にはしないだろう。
そう考えた黒井に『遠慮』という二文字はない。まだ揺れている左手を見て、念のため、もう一発『ゴッツン!』を食らわせる。
「おいおい、死んじゃうよぉ」
黒田の声にも『またまたぁ』と思うだけで、実は三発目も狙っている。しかし『運・転手』の目は、既に白目になっていて、とても気の毒な感じさえする。
やっぱり、『ネームド』にするなら、別の名前にしよう。
黒井がナイフをしまってからドアを開けると、ぐったりとした『運転手』が、ドアの方に倒れて来た。慌てて、再びドアを閉める。
黒田が助手席に降りて、胸の辺りを掴み、軽く平手打ちする。
「おいっ! 起きろぉ」「あら、死んじゃいましたぁ?」
おいおい。呑気なものだ。人を『見かけ』で判断しちゃダメ。




