ハッカー殲滅作戦(百四十二)
山狩りをするときの基本は、隣との距離を一定に保つこと。
そして、『隣の顔』を良く覚えておくことだ。
富士山麓オウム鳴く。
それは、この地方に昔から伝わる『伝承』だ。オウムが、一体どんな鳴き声なのか知らないが、『オウムが鳴いたら敵がいる』とだけ覚えて置けば、何とかなる。そう教えられてきた。
山狩り中の狩野は、そんな『格言』を思い浮かべていた。
暗くなった森の中で『人影』を探す。それが、どんな奴なのか判らない。例えば、草むらの中で『用足し』をしている所に遭遇してしまったら、どうするか。『小』ならまだしも『大』なら?
『あっ、どぉもぉ。ケツ、拭いても良いですかね?』
『早くしろっ』
『ズボン履いても、良いですかねぇ?』
『早くしろっ』
まぁ、これ位は見逃してやっても良い。始末が悪いのは、藪の中から『ニュッ』と出て来て、喉笛をナイフでグサリ。
うはっ。小説に書こうとするだけで、結構気持ち悪い。
やはり、狩野の運命が『死』であったとしても、本人は家族に『国を守る』と強い意志を見せ、長い訓練に耐え、そして今日は温泉を我慢して、山狩りに参加しているのだ。
そんな、登場一話でセリフもなく、『グハッ』の一言で死んでしまうには、何とも可哀想である。
「どぉもぉ」「うわっ」
二メートル程の段差を乗り越えようと、顔を出した瞬間だった。
見知らぬ『爺さん』から、笑顔で出迎えられる。
そして、そのまま口元を『ガッチリ』掴まえられて、段差の下に叩き落される。
全くもって、容赦のない攻撃だ。やはり戦場はこうでないと。
ケツを拭くのを待っていては、いけないのだ。
「殺したんですか?」「いや、気絶しただけだ。シーッ」
狩野の口を押さえてたままの黒田が、後から降りて来た黒井に言う。人差し指を口にあてて、『静かにしろ』の合図だ。
「おいっ、狩野! どうした? 落ちたのかぁ?」
仲間が呼んでいる。流石に『大人二人』が段差の下に落ちたのだ。物音位はしてしまう。
「あぁ、ちょっと腰打ったけど、大丈夫だ」
「気を付けろよ? 早く来いっ」
「ションベンするから、三十秒待ってくれ」
「何だぁ? おい、山中っ、狩野の方に少し寄れっ」
黒井は目を丸くした。やはり『富士山麓オウム鳴く』は本当だったのだ。声真似をした黒田が、ニヤリと笑って走り出す。
行先は『ルート・ファイブ方面』だろう。どこだか知らぬが。




