ハッカー殲滅作戦(百四十)
「そっちの声の方がデカいでしょうがぁ」
口を尖がらせた黒井が、黒田の方に走る。
「バックアップは二つ取ったな?」
「はい。勿論です」
それは、一時間前の出来事だが、ちゃんと覚えている。
「じゃぁ、一つ置いて行け」「えっ?」
「早くしろっ! 今度こそ置いて行くぞっ!」
返事もそこそこに、黒井が走り出す。そうして腰に付けたバックからUSBメモリを一つ取り出した。
「ちゃんと挿しておけよっ!」「はいっ」
何だか判らん。これから『野を越え』『山越え』『谷越え』て、小川も大川も越えて行くカモしれないのに。
どうしてわざわざ『予備』を置いて行く必要があるのか。
それでも黒井の仕事は早い。ちゃんと機器毎に取得したUSBメモリを元の場所に挿し、黒田の待つ草むらに踵を返す。
「ちゃんと機器毎に挿して来ましたよっ」「OKOK」
真顔で黒田が頷く。そして辺りを確認し、耳を澄ます。
「じゃぁ行くぞ」「はいっ」
二人は身構える。と、そこで黒田が黒井に聞く。
「俺の名前と階級、言ってみろ」
「重村大佐ですよね?」「OKOK」
黒田が笑顔で頷く。一応『万が一』に備え『二人の設定』が決められているようだ。
「何で今更、偽名変えるんですか?」
もう、すっかり『黒田』で馴染んでいたのに。しかし黒田は、薄笑いを浮かべるだけで答えない。周りをキョロキョロしている。
と思ったら、急に『ニヤリ』と笑った。
「二人共『黒』が付くと、『ブラック・ゼロ』って、バレるかもしれないだろっ?」
何か、『取って付けた』ような理由だが、一応それっぽい。
「じゃぁ、俺は何ですか?」
あれ? どうやら『設定』があるのは『一人だけ』のようだ。
「お前『前世』では、何だったんだ?」
「いや、死んでませんって。『二佐』ですよ」
「はぁぁ? にぃさあぁ?」
自衛隊は軍隊ではないので、階級の名称は独特だ。
だから軍隊しか存在しない『この世界』の住人にとって、その階級に馴染みがある筈もない。
「じゃぁ、『黒井二等兵』にしとくか。行くぞっ!」
黒田が草むらを飛び出した。黒井も慌てて飛び出す。
「ちょっと待って下さいよぉ。偽名でもないし、階級も違うっしょ」
意外と黒田は足が速い。まぁ、この場合『逃げ足』なので、余り褒められた速さではないのだが。
「一応『中佐』ですよぉ」
「はぁぁ? ちゅうさあぁっ?」
いやいや。その反応はおかしいでしょ。目が笑っているし。




