チャーミンング・スター(七)
今日はレポートの提出締め切りの日だ。琴美と楓は、井学教授の前で緊張した面持ちで立っていた。ペラペラと捲る手が速い。
教授が、中身を読んでいないのは明らかだ。
「結局これにしたの?」
「はい」
「あっそ」
短いやりとりだった。
実験セットを飛ばされた『不運な研究チーム』が、短い期間で実験成果を提出するには、テーマを変更する必要がある。
琴美は楓に説明をして実験器具を揃え、実験を行ったのだった。
それは見事成功し、成果は今、井学の手元にある。
「水の電気分解なんて、懐かしい課題だね」
「すいません。ちょっと急いでいたもので」
チクリと刺さる井学の言葉に、二人とも同時に顔をしかめる。
白い歯をチラリと覗かせた。
「いや、最初のレポートは『テーマ』というよりは、『どのように纏めるか』の練習だからね」
そう言いながら、更にペラペラと捲る。
ここで断っておくが、水の電気分解ごときのレポートで、内容を確認しながら会話を弾ませ、検証結果について議論を交わすのは不可能である。
効果音として、ペラペラと沢山捲っているように感じるかもしれないが、井学教授は顔をしかめて『三回目のペラペラ』をしているのだ。そこを汲んで欲しい。
「まぁ、いいか」
「ありがとうございます」「ありがとうございます」
「オマケだよ」
「ありがとうございます」「ありがとうございます」
二人の返事は早かった。そしてお辞儀をする速度も速かった。
何でも良い。合格さえすれば問題なしだ。
「それ、どうしたの?」「あ、これですか?」
「そう。それ」
井学は楓のおでこに付けられた絆創膏を指差した。琴美と楓は顔を見合わせ、恥かしそうに笑った後、井学の方を見る。
「楓ちゃんが、水素の攻撃に逢いまして」
「はい。アタックされました」
「あぁ、気を付けなさい。女の子なんだから」
しょうがない研究生だと思ったのだろう。井学もそれ以上彼女らのドジについて何も言わなかった。
むしろ東京ドームの実験が失敗に終わってホッとしていた。
大学生活最初の実験レポートで、命を落しては仕方がない。親に説明するのだって大変だ。
後ろでキャッキャとはしゃぐ二人の声が耳に入っていたが、井学は自分の研究テーマに頭を切り替えていたためか、琴美の声は左から右へ、楓の声は右から左へと通り抜けて行く。
それでも、一つ決定したことがある。
それは、暫く二人の仕事は『試験官洗い』であるということだ。




