チャーミンング・スター(六)
まるで人は、雨に当ると溶けてしまうことを『当然のこと』と受け止め、原因を追求するなんてことに『時間を費やす』のが、馬鹿らしいとでも考えているようだった。
二人の所属する研究室では他の化学実験もしていたが、教授も研究室生も、この未知の分野に興味を示さない。
やはり屋根のある所にいると、外の世界のことに興味を示さなくなるのだろうか。きっとそうに違いない。
「屋根のない頃は、どうしていたんだろうね」
「蓑でも使っていたんじゃない?」
「そんな昔じゃなくてー」
たまに飛び出す楓の『正当な答え』に、琴美は笑った。
素朴な疑問とも言えるだろう。
インターネットで知ったのだが、海外に住む人、日本から遠いヨーロッパとかに住む人は、雨に打たれても溶けないらしい。
アメリカになんか、雨に打たれながら歌って踊る映画があった。確かに周りの人からは『おかしい人』という感じで見られていたが、琴美もそんな目で見ていた。
「じゃぁいつよ」「うーん。明治位?」
「その頃は、まだ進化してなかったみたいよ」「そうなんだ」
「日本人だけ溶けちゃうのかね」「どうなんだろうね」
最後に答えた楓が、悪戯な目をして琴美を見る。
「意外とガイジンも『ドロッ』といっちゃうのかもよ?」
確証はなかったが、この雨に当ると、人類満遍なく溶けるのであろうと予想していた。
だから皮膚のサンプルを、人種別に用意して外に置いたのだ。
「来た」
楓がガラス窓に当る小さな音を拾って呟く。琴美も観測小屋の外に目を見張った。
するとそこへ、小さな雨粒が最初にやって来て、『ドスン』と白い塊が当って砕ける。
「ヒョウ!」「雹だね」
「だねー」「ちょっとやばくない?」
「やばいかもー。ちょっとはじけ過ぎかもー」
「こんなの来るなんて、想定外だよー」
二人は双眼鏡を置いて、急いで防護服を着始めた。
雨音がぽつぽつと大きくなって来て、やがて連続音になる。そして稲光が、観測小屋を一瞬だけ明るくして走り抜けた。
二人の手が止まる。
「どうする?」
「どうしよっかぁ」
苦虫を潰したような顔を二人はしていた。
今月のレポートとして準備していた『簡単な実験』のつもりだった。別に、命を掛けた研究でもない。
「じゃんけんで負けた方が取りに行く?」
「えー、やだよー」
楓の提案を琴美は拒否した。このまま実験装置を放置して、雨が止んだあとに回収した方が無難だろう。
雨粒と雨粒の間は約二メートル離れている。その気になれば、避けて通ることだって論理的には可能なのだ。
実験装置に雹が当るなんて、確率的には小さいことなのだ。
「三回勝負でいいからさ」
「やだってばー」
だだを捏ねている琴美を放置して、自分だけジャンケンで何を出すかを占い始めた楓であった。
しかしその二人の目の前で、実験装置が砕け散るのが見えた。
「あっ」
「あーあぁ」
そう言っている間にも、追い討ちを掛けるように雹が当り続ける。
「終わったわぁ」
「終わってしまったわぁ」
その度にガラス製のシャーレは、細かく粉砕されて行く。
やがて『風力十三の颶風』によって、跡形も無く綺麗に飛ばされて行った。




