ハッカー殲滅作戦(百二十)
立ち上がった可南子は、後藤の前にあった新聞紙を足でどかす。
後藤はそれを見て『お腹辺りを刺し易くした』と思い、つい大きな声をあげてしまった。
「助けて下さいっ! 何でも話しますからっ!」
すると、口をへの字にした可南子が、不満そうな顔で後藤を睨み付ける。そして、手にしていたナイフを後藤の目の前に突き出す。
「だから『静かにしろ』って言ってんだろぉ?」
ナイフを目の前に固定したまま、顔を後藤に近付ける。
「峰岸さんちのママ、怒ると怖いからっ」
少し困った顔を斜めにして、諭すように言っている。
『すいません。それ、さっきも聞きました』
そう思った後藤は、それでも同意を示そうと頷こうとしたが、ナイフが目の前にあるので動けない。
「PTA会長で、かつ、町内会会長って、最強じゃない?」
『あっ、それ最強だわ』と思って頷こうとしたのだが、やっぱり動けない。むしろ瞬きしても、痛そうなんですけど。
パッと可南子が立ち上がり、ナイフを逆手に持ったまま両手を腰にあてる。そのナイフさえなければ、見た目は『ちょっと怖い』だけの主婦に見えるのが不思議だ。
「判って貰えたようで、嬉しいよ」
「はい? はい」
すると今度は、椅子を近くまで持って来ると背もたれを後藤の方に向けて、馬乗りのように座った。ちょっとお下品な座り方だ。
そのままナイフを逆手に持ったまま、背もたれの上で腕を組むと、優しい声で後藤に問う。
「じゃぁさ、『いっせいのせい』で、同時に言おうかっ」
「え? 何をですか?」
「馬鹿ぁん。それを私に言わせるのぉ?」
可南子の笑顔が、凄く怖い。
「いいえ。聞かれたら、何でも答えます」
「イイネェ。その意気だよ。男を上げるんだよっ!」
楽しそうに、顎を上下に振りながら、後藤を褒め称えている。
「じゃぁ、私が質問するから、それに『せぇのっ』で答えるんだよ」
「はい。お願いしますぅう?」
「答えなかったり、外したら『こいつ』が『サクッ』と行くよぉ」
そう言うと、目の前で『ナイフアクション』を始めたではないか。まるで可南子の周りには、軽快な音楽が掛かっているかのようだ。
両肩まで震わせてノリが良い。
それより後藤は、一問目から『こいつ』がどこに『サクッ』と行くのかを気にしている。
何しろ可南子から見えているのは、首から上だけなのだ。
「ズズンズズン! ズズンズズン! いくよおぉぉっ! 第一問!」
「待って下さい!」(ガクッ)
可南子がズッコケて止まった。それでも後藤はホッとする。
「第一問から外すとはぁっ! 最低っ!」




