ハッカー殲滅作戦(百十九)
可南子は詰まらなさそうに、ナイフを『ペチンペチン』し始めた。
我が家を、たった二人で強襲して来た馬鹿が、急に大人しくなってしまったからだ。
家の中の『掃除』に引き続き、久し振りに『本当の掃除』ができると、思っていたのにだ。
右足を伸ばして、後藤の首筋辺りを確かめる。
迂闊に近づかないのは『唾でも履き掛けられたら』と考えての、油断のない行動なのだが、可南子はそれでも『久し振りに浴びるのも一興』と思い直し、ニヤリと笑う。まぁ、後でな。
「あんた『認識票』もなしで、何処の誰? 何処の部隊だぁ?」
「そ、それは、言えません」
可南子は納得したかのように頷いた。言えないのでは仕方ない。
「良いから言いなさい。上官の名前と階級も」
違った。全然仕方なくなかった。
しかしその聞き方は、まるで『テスト返して貰ったでしょ。教科と点数を言いなさい』と、子供を追い込むような言い方だ。
そんなの急に言われたって、言えないものは言えないのだ。
その間も『ペチンペチン』が続けられている。
いつあれが『グサッ』と来るのかと思うと、今夜は眠れそうにない。いや逆か。
「勘弁して下さい。言えません」
大きな声も出せない。知らないものは知らない。
確かに後藤と前田は『雇われ軍人』だった。
この世界『休戦中』とは言え、それなりに戦闘はある。だから、何年かは軍に所属し、何かしらの戦闘訓練を皆受けているのだ。
だから、『ハングレ』みたいな中に、『元軍人』がいたりすると、これが結構面倒臭い。妙に強かったりするから、始末が悪いのだ。
そう言うときは、『警察の仮面を被った陸軍特殊部隊』が、編成され、日本の平和を維持しているのだ。ご苦労様です。
「じゃぁ、消されても、OKな訳だ」「ヒィィッ」
可南子は軽く頷きながら、まるで『テレビでも消す』ように言っているが、後藤にはちゃんと『隠語』として通じたようだ。
そのまま後藤の首元に近付き、シャツの襟を覗き見る。
ちらっと見た可南子の目は『ほら、唾掛けるなら今だぞ?』と、後藤に訴えているのだが、後藤にそのつもりはないらしい。
ちなみに今の『消されても』は、琴坂家では『おやつ』を意味している。可南子は『客人にお茶の必要なし』を確認すると、納得したかのように立ち上がり、歩き始めた。
姿を消した可南子だったが、直ぐに戻って来た。
右手には、後藤が侵入時に『まだあったんだ』と、思っていた『黒電話』が握られている。後ろから、ながーいコードが付いて来る。
それをテーブルの上に置くと、さっき座っていた椅子に座った。そのまま足を組んで座ると、受話器を上げてダイヤルし始めた。
「こちら『ファルコン』責任者を出せ。そうだ『ファルコン』だ」
途端に顔が曇る。何だか話が通じないみたいだ。
「市ヶ谷更地にされたくなかったら、早くしろっ! たくっ。マジでやんぞ? あぁ? 五秒待ってやるっ。サーン。フータ」




