ハッカー殲滅作戦(百二)
自宅に、ましてや京子に、何か異変が起きていることを、本部長は直ぐに理解した。
京子が迎えに来ないからだ。門扉の呼び出し音や、玄関の呼び出し音がなくても、ガレージのシャッターが上がる音で判る筈だ。
本部長は、高田部長が察した通り、既に憤慨していた。怒りが最高潮に達している。
京子は気の小さい女だ。『北海道の戦線に送られる』と判っただけで泣き崩れ、大変だった。
そんなだから『行方不明』の知らせを受けたときなんて『泣いて暴れて大変だった』と、聞いている。
本人の口から直接聞いたことはないが。高田夫人によると、それはもう大変だったそうな。
それで理解したのだ。京子が『前からしか出来ない体』に、なってしまったことを。
判る。一緒に居て『オナラをする時だってそっとトイレに行く』と言うのに、目の前で『恐怖で失禁』なんて事態になったら、自ら命を絶とうとしても、おかしくはない。
こめかみに銃なんてくっ付けていたら。そんな奴は絶対にぶっ殺す。覚悟しろ。全員皆殺しだ。
本部長はガレージに転がっている『スパナの類』には目もくれず、ガレージから直接家に上がり込む『隠し扉』に手を掛ける。
リビングでは『丸腰の軍人』が、緊張して立っていた。
ガレージのシャッター音がした瞬間、人質の京子が『ムームー』言い出したからだ。
「大人しくしていろっ」
こめかみに銃をグリグリすると、京子は直ぐに大人しくなった。物分かりが良いと思って顔を覗き込むと、何だぁ?
白目になって、ぐったりとしているではないか。
「おいおいぃ」
この人質、チョロすぎないか? 口をへの字にして肩を竦める。
この『ペンギン作戦』に参加したのは、全部で八名。いずれも柔道や空手の有段者で、腕に覚えのある者ばかりだ。
銃を持っているのは人質の京子を抑える一名のみ。七名に守られていて、簡単には近付けない位置にいる。
作戦の概要は以下の通り。
まず、状況を理解させて、隊長が『人質解放の条件』を話す。
次に、一名が案内役となり、大人しく車に乗ってもらう。
そして、めでたく『檻の中に入った』と連絡が来たら、人質を解放する。それだけだ。
これなら誰も傷つかず、ペンギンを確保できる筈だ。
それに、いくら『銃器の達人』『武器の達人』であったとしてもだ、何も持っていなければ、奪いようがない。完璧。
突然、壁に寄り掛かっていた隊員の一人が、壁ごと後ろに倒れて行く。姿勢を戻そうと腕を振った所に、後ろからニュッと太い腕が伸びて来る。そして、シュっと暗がりに引き込まれて行った。




