ハッカー殲滅作戦(九十九)
「おい牧夫、ちょっと」
手を伸ばしてコイコイの合図。あれ? 振り向かない。
「おーい。牧夫やーい。おーい」
もう一度呼び掛けたのだが、何かに没頭しているのだろうか。ピクリとも動かない。何だかおかしい。
最前列の朱美と富沢部長が振り返り、迷惑そうに牧夫に手を振っている。
『煩いから早く行け』『被害はそこで止めろ』
きっと、そんなことを心の中で思っているのだろう。
それでも牧夫は動かない。何故だ? まったく。忙しいのに勘弁してくれ。
それでも高田部長は、眉をひそめて考える。反抗期だろうか? まぁ、そうなんだろう。しかし奴は、正当な理由もなく反抗したりはしない。
「判ったよぉ。牧夫、ちょっと来いっ」
「はぁぁぁい。お呼びでしょうか! 高田部長!」
ニッコリ笑って振り返りやがった。余程嬉しいのだろう。
それを見た朱美と富沢部長が、呆れて肩を竦めると仕事に戻った。
ピョンピョン跳ねるように司令官席までやってくると、いつも高田部長が本部長の目の前でしているように、司令官席に左ひじを付けて斜めに見る。
「お呼びでしょうか?」
「馬鹿っ! 百万年早いわっ!」
すかさず肘を叩かれて、牧夫はずっこける。
「いつも本部長に、やってるじゃないですかぁ」
「やってねぇよっ。お前に足りないのは『人への配慮』だっ!」
パッと取り出した張り扇で、『ペチン』と一発食らわせた。
え? 張り扇なんて、どこから出て来たかって?
いやぁ、それは愚問だ。司令官席の『張り扇入れ』に決まっているではないか。多分、どこの司令官席にも常備されている筈だ。
何故なら、NJSの『司令官席カタログ』によると、右利き用でも左利き用でも、一律『標準装備』として記載されているのだから。
まぁ、とにかく、音の割に痛くはなかったようだ。問題ない。
「で、何でしょうか?」
頭を掻きながら姿勢を正して聞き直す。
「ベータ版入れて、戦闘に参加しろ」
「良いんですか? まだ納品前ですよ?」
「良いんだよ。作戦開始時には納品しているんだろ?」
「そうですけどぉ。んー判りました。では『運用テスト』として?」
「あぁ、それで良い。よろしく」
頷いた牧夫が振り返った所を、高田部長が肩を掴んで止めた。悪い予感がする。
「おい! 飲み物買って来てくれっ!」「えぇ? 今ですかぁ?」
牧夫が振り返る。しかし高田部長は、あらぬ方向を見ていた。ちらっと目を合わせると『何だ? お前じゃねぇよ』な顔をして、またあらぬ方向を見る。
「おいっ! 宮園武夫! お・ま・え・だ・よっ」




