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チャーミンング・スター(三)

 小夜が主任達らを押し退けて、ディスプレイの前に陣取る。

 そしてチャーミング・スターを大きくする要因の分析と、何処に移動するのかを考え始めた。


 右手を顎に付け、後ろへ歩いていく知坂に向って、左手で数字を出しながら読み続ける。

 その数字は『観測地点番号』『気圧』『風向』『風力』を順番に言ったものだ。


「百三十二・丸よん・百七十五・十一」

 こんな感じである。最初の『百三十二』はアメダスの管理番号だ。


 全国の千と九十箇所に設置された『自動計測装置』を、青森地方気象台管理のものに『31xxx』のように割り振って、東京管区気象台管理は『44xxx』である。


 本来なら四万四千『百三十二』とコールするのであろうが、そこは現場の常。先頭二桁が省略されている。


 同じように『まるよん』とは気圧で『904㍊』のことである。

 低気圧がほぼ900㍊台であることから、これまた先頭一桁が省略されている。


 三番目の『百七十五』とは方位だ。『ゼロ』が北を示し『九十』が東、『百八十』が南、『二百七十』は西を表す。

 ここでコールされた『百七十五』とは、東京都板橋区の郵便番号ではなく、ちょい東に寄った南風、ということになる。


 最後の『十一』は風力である。

 風速が『実際に観測された風が進む速さ』の、十分間の平均値なのに対し、風力とはゼロから十三までの階級を付けて表したものだ。


 ここでコールされた『十一』とは『暴風』を表し、地上十メートルの風速に換算すると、秒速三十メートル前後となる。


 良く聞く『疾風』は、風力五。

 街中でよく見かける『和風』とは、風力四と定義されている。


 だから『疾風のごとく』とは秒速十メートル前後で移動することを指し、『和風レストラン』とは秒速七メートル前後の風が吹いているレストランと、言うことができる。


 で、誰だったっけ。

 そう。知坂は小夜のコールを聞きながら、課長の所へ歩いていた。

 しかし、途中に丸山が挟まっていたので、それ以上進めなくなっている。


「でかいんだって?」「あぁ」

「どんくらい?」「これぐらいだよ」

 丸山の問いに、友坂は親指と人差し指で大きさを示した。

「なんだ、小さいじゃん」

 興味が無くなったのか、顔をしかめてしゃがれた声で答える。


 やはり丸山は、楯川の言う『ダイナマイト・クラス』の、更に上を想像していたのか。

 いやそれは違う。丸山が扱うのは、緊急警報発令対象の『積乱雲のみ』であるためだ。


 本人の名誉の為に言っておく。丸山が好きなのは、楯川の様な大人の女性ではなく、成長過程の子供の方だ。


 丸山は後ろに下がり、知坂に背を向けて歩き始める。そこへ友坂の声が追って来た。

「それが、どんどんでかくなって来てるんだよ」「なんだって!」

 知坂の一言に丸山が振り向くと、目付きが変わっていた。


「俺の守備範囲か?」「あぁ。なるぞ」

 同期で、お互いをよく理解している丸山と知坂の間に、明確な『主語』は、必ずしも重要ではなかった。

 丸山は小走りに自席に戻ると、ディスプレイを全国版から東京版に切り替える。


「どこだ?」「センターだ」

「真上かよ」

 丸山の右手がテンキーを叩き、東京の地図が小さく左側に追いやられ、右側にアメダス観測点132のデータが映し出される。


「なんだ、急激にでかくなってるじゃないか」「だな」

「風もサウス気味だ」「やばいな。雹になるかもな」

 そう言って丸山は、印刷ボタンを押して席を立つ。


 プリンタにフェイスダウンで出力された紙を持って、課長席へと向う。知坂は振り返って、小夜に合図を送る。役割終了の合図だ。

 それを、ディスプレイの間から見た小夜は手を挙げて、確認の合図を送った。そして知坂と同じ方向に歩き始める。


 課長席の視界が急に悪くなったと思ったら、それは丸山だった。

 課長の参河は、突然現れた丸山に驚いた。昨日、外してしまった天気予測の理由を示す文書を、修正していたからだ。

 まったく、部下が作ったとは言え、そのまま報告するには配慮が足りないものだったからだ。


「なに?」「これです」

 差し出された紙を見て参河は驚く。今月の小遣が逼迫している時に、『飲み会のお知らせ』が回ってきたからだ。

「あ、違いました」

 そう言って丸山は去った。一体何だったのだろう。

 ディスプレイに目を戻すこともせず、参河は丸山の揺れるケツを眺めていた。彼は、もう少し痩せた方が良いだろう。


 丸山がプリンタの所で、若い奴の頭をコツンとやっている二の腕、戻ってくる首回りや、既に段数が数えられないわき腹を眺めていると、ハァハァと息をしながら戻ってきた。その間二十秒。


「これです……」

 少し声が上ずっている。参河は、そんな丸山の荒い息に影響されることなく、冷静にデータを見た。


 頭の中にある三十年分のデータと素早くマッチングをし、最悪レベルの状況と酷似していると判断した。

 何故か小遣の追加をお願いするために、妻へ土下座している姿が思い出される。


「最悪だ」

 参河はぼそっと一言を吐いた。

 しかし丸山は、昼に食べたものを吐かないように我慢していた。

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