ハッカー殲滅作戦(八十九)
赤坂見附の交差点で待機していた麻布班は、無線が入って驚愕する。どうやら『話が違う』ではないか。
ハッカー殲滅作戦で『イーグル』に割り当てられた人数が、一番多い。神出鬼没で姿は追えず、顔も不明なら名前も不明。
それでも、仕掛けられたトラップにさえ気を付けて、とっ捕まえてしまえば『何てことはない』と言うのが『イーグル』だった筈だ。
一番危ないのは、可愛い名前に反して凶暴な『ペンギン』だ。こいつに関しては『とにかく危険』の一言に尽きる。
神経を逆なでするようなことをしたら、とにかく手が付けられない。基本、命がないと覚悟が必要。
車に乗せたらダメ。降りてもダメ。銃を突き付けるなら、見えない所から撃たないとダメ。
近接武器なんか持って行ったら、絶対奪われて躊躇なく反撃される。仲間への被害が大きくなるだけだ。
かと言って、素手で向かうのもお勧めできない。合気道だか何だか知らないが、不思議な術でいなされてバタンキュー間違いなし。
だから、今頃『ペンギン』の家に『家族を人質にする』班が向かっていることだろう。
「全滅って、どう言うことだ?」
「どうもこうもない! そのまんまだっ!」
麻布班の問いに、赤坂班の生き残りが怒りを込めて答える。全滅は全滅であって、全滅以外の何者でもないのだ。
『掛かって来い(来い来ぃ来ぃ)この、腰抜け共(共共共)』
「おいおいおいおい。ぶち切れて、逝っちゃってるよ」「だなぁ」
麻布班一号車の二人は、苦笑いで顔を見合わせる。
二人が思ったのは、目に前にいる奴、実は『ペンギン』なのではないだろうか?
『全員、ぶっ殺してやる!(やるやるやるやるぅ)』
しかしそれでも、『イーグルを殲滅』することが『作戦の成否を分ける』とのことだ。こうなれば、とにかく殺るしかない。
「バズーカ用意しとけ。あと、手榴弾もな」「あぁ」
助手席の男がハンドサインで二号車へ指示。すると三号車へも伝言が飛んだ。バズーカを持ち上げて頷いている。
防弾仕様らしいが、相手は丸腰だ。これで勝てなきゃ嘘だ。
「行くぞ!」「殺ってやる!」
麻布班の三台が一斉に加速する。ウィーン。プオォォォン!
電気自動車は静かでちょっと様にはならないが、そんなことは『砲撃音』と『爆破音』でカバーすれば良い。
どんどん距離が近くなり、三台に行方を遮られたからか、振り切ろうとしているのか、DB2が蛇行を始めた。
隙間を抜かれないように注意しながら、車列が『イーグル』の車に近付いたそのとき、一瞬顔が見えた。
「笑ってやがるっ」
顔を拝んだ全員が、そう思ったに違いない。しかしDB2は、サイドブレーキを引いたのだろう。後輪をロックさせてスピンターンを決めた。一瞬で『不気味な笑顔』が見えなくなった。
「撃て撃て!」「死ねやぁっ」
その瞬間、照準が定まらなくなった。目の前が真っ暗になったからだ。ライトが切れたのではない。煙幕だ。思わずワイパーを使っても無意味。しかも、急には止まれないし、止まるつもりもない。
「イカかよっ!」「タコかよっ」「タコかよっ」
多数決でタコに決定。そう思っていた麻布班二号車の所に飛び込んで来たのは、赤坂班三号車だった。咄嗟にハンドルを右に。
避けたと思ったらダメだった。赤坂班三号車は、麻布班二号車の後輪辺りに衝突。左側を浮かして走り、やがて横倒しに。
ぶつけられてしまった麻布班二号車も、バランスを失ってフラフラと、あらぬ方向へと走って行く。
「うおおおおおおっ! 何だよっ! 止まれぇぇっ」
何とかバランスを保っているが、一時戦線離脱だ。
何事もなく煙幕を突き抜けたのは麻布班一号車だ。続いて三号車。無意味なワイパーが動き続けているのはご愛嬌だ。
すると、DB2がスピンターンをして、再びこちらを向いた。そして、後輪を振りながら向かって来るではないか。
麻布班一号車の後席の男が、手榴弾の安全ピンを抜いた。距離を見計らって、DB2に投げ付ける。
「食らえっ!」
流石、元野球部の投てき。結構な勢いだ。
馬鹿め。DB2はそのまま向かって来る。これは避けられまい。防弾仕様だろうが、手榴弾程の威力があれば、ガラスも割れる筈。
そのときだった。急にDB2のボンネットが跳ね上がったのだ。
『カーン』
良い音が響く。曲線を描くボンネットに当たった手榴弾。その行先は、偶然にも麻布三号車の方へ。空いている窓から車内に入った。




