ハッカー殲滅作戦(八十一)
駐車場の柱の陰に清掃員が一人。仕事をするでもなく、ただ突っ立っている。いや、それは少々失礼だろうか。
正確には仕事中ではある。一枚の写真を持って、駐車場出入口を監視する役なのだ。
数え切れない程の空振りと膨大な待ち時間の末に、彼の仕事は終わろうとしていた。
「来ました! イーグルです。間違いありません。どうぞっ」
ご機嫌で現れたのは本部長である。男はもう一度手元の写真と見比べた。
見るまでもない。こんな『悪人面』、見間違えるものか。
しかしそれは、何処で仕入れたのか知らないが、本部長の顔に『イーグル』と書かれた『人違い写真』だったのだ。
『了解。すぐ行く。追って行ってどの車か報告しろ。どうぞっ』
「了解!」
そう答えたものの、追う必要もなかった。本部長が向かったのは、出入口すぐ横だったからだ。
「あっ、車は古いクラシックカーです」
まるで『馬は白い白馬です』的な説明。緊張し過ぎである。
『何だよそれ。全然判らん。車種とか特徴とか』
バタンと音がして直ぐにエンジンがスタートする。良い音だ。
「えっとぉ、丸いライトに流線形のスポーツカーです」
『何だって? お前近付き過ぎ! 煩くて聞こえねぇよ!』
「凄い音! こんな音! あぁ、いっちゃうウゥゥ」
清掃会社のバンの中では、変な報告に苦笑いとなっていた。
「玄関横にあった『アストンマーチン・DB2』かぁ?」
後ろの男が言うと、運転手が頷いた。駐車場なのに加速する。
「あれかぁ? 良い車、乗ってんなぁ」「へぇあれがアストンかぁ」
玄関前に到着すると、無線係が助手席に乗り込んだ。
「前の車を追ってくれ!」
「お前それ『タクシー』に言う奴な?」
「一度、言ってみたかったんだよぉおおおっとぉ」
バンが急発進したが、自己主張は出来たようだ。
ちらっと見えていたDB2のテールランプが、あっという間に見えなくなる程引き離される。
本部長は運転が荒いようだ。螺旋通路を低速ギアで加速しながら降りて行く。
そして、特徴的なエンジン音で接近が判ったのか、守衛所もゲートを開けて待っている。
きっと挨拶だけして、止まらずにすり抜けるのだろう。
やや遅れてバンがやって来たが、それは通過できない。一旦停止だ。しかし、バンの役目もそこまでだ。問題ない。
「おい。バンが降りて来た。今の車がイーグルだ。追うぞっ」
漆黒のSUVが動き出す。すると、同じ車種が続いて二台、等間隔の車列となって、一気に加速して行く。
「ターゲット捕捉。全車戦闘態勢で待機せよ。不用意に近づくな!」
『ラジャー』『ラジャー』『ラジャー』『ラジャー』『ラジャー』
アンダーグラウンドで住所不定の追跡作戦、開始だ。




